ないはずの本が書類上では存在

 一連の除籍リスト・不明リストを調べるプロセスのなかで、筆者は、ないはずの本が書類上では存在していることになっている現象をみつけた。以下は和歌山市民図書館・西分館の図書原簿である。20年1月に刊行された児童書『かえるの天神さん』(福音館書店)という本を西分館が所蔵していることになっているが、同書を図書館で検索してみても、西分館には存在しない。さらに除籍リストにも不明本リストにも出てこないのだ。

和歌山市ツタヤ図書館、所在不明本が急増…1度に7千冊を除籍、CCC運営で
(画像=『Business Journal』より 引用)

 図書原簿に「返本」と手書きされたあと「2.4.21」と日付のスタンプが押されている。同館は書類から削除しないまま20年4月21日に版元に返品したようなのだ。調べてみると、同書は刊行直後に版元の福音館書店が全品回収措置を取っており、各図書館にも返品要請を出していたことがわかった。版元がすでに受け入れている図書館にまで回収要請をするというのは異例のことである。いったい、何があったのだろうか。

  版元が出している回収要請文には「編集上の確認作業において瑕疵がございました」としか書かれていない。あちこち聞き回っていたら、ある関係者が、こんな情報を教えてくれた。

「菅原道真をかえるにたとえたことを理由として、北野天満宮の代表者から(回収の)申し入れがあったようです。作者の息子さんの当時のフェィスブックによると、作者としては納得がいってない、とのことです」 

 第三者から本の内容についてなされたクレームに対して、ここまで版元が敏感に反応するのも異様だ。さらにその版元からの返品要請に図書館サイドが安易に応じたのだとしたら、由々しき問題ではないのか。ある図書館関係者はこう指摘する。

「図書館としては、一度提供すると決めた資料は、めったなことでは停止・中止することはありません。図書館は、基本的人権のひとつとして、知る権利を持つ国民に、資料と施設を提供することを最も重要な任務とすることが求められています。このことをふまえ、図書館の憲法といわれている『図書館の自由に関する制限』があります」

 図書館の資料提供の是非が問われたケースとして、多くの人が思い浮かべるのは、神戸市の連続児童殺害事件の加害者が15年に著した『絶歌』(太田出版)だろう。この本の刊行直後には、元少年Aが出版にこぎつけるまでの経緯を取り上げた週刊誌報道も話題を呼び、図書館での取り扱いをめぐってはさまざまな議論が巻き起こった。遺族感情や人権擁護の観点から提供すべきではないとの意見がある一方、裁判所の判決など強制力が働かない限り、市民の知る自由を重んじて、閉架にするなどの一定の制限のもとに資料提供を行うべきとの主張も根強かった。

 翻って、和歌山市民図書館が返本してしまったとされる『かえるの天神さん』の図書館での取り扱いはどうなのかと、和歌山県内の図書館を横断検索してみると、海南市や御坊市、田辺市など周辺の自治体では、版元の返本要請に応じなかったのか、いまも所蔵されている。これは、他の図書館が市民の知る自由を重視した結果なのだろうか。

「返本要請の合理性をはっきりさせ、組織内で議論し意見を取りまとめ、教育委員会の決裁を経るといった手続きをとらないと、これだけ重要な案件は判断できません。『返本』という体裁をとっているようですが、一度提供すると決めた図書館資料について提供をやめるとした措置は、和歌山市教育委員会が資料提供の自由を否定したことになりますので、この経緯は合理的な説明が必要でしょう」(同)

 そもそも、図書原簿に書かれたように、和歌山市は本当に「返本」したのだろうか。前出の図書館関係者は、こう疑問を呈する。

「除籍の処理には『返本』という理由は存在しません。亡失や破損などにも入っていないとすれば、正式な決裁手続を経ずに闇で除籍したか、もしくは、別の理由で除籍したことを示す文書があるのに、それを隠蔽しているかのどちらかです。また、返本して代金を返してもらったのだとしたら、図書館は定価では入れていませんので、返金された定価と実際の購入価格との差額をどう処理したのかという説明も必要になってきます」

 もし、和歌山市教委またはCCCが、定められた手続きを適切に行わずに除籍を行い、図書原簿に「返本」としただけなのだとしたら、森友学園問題における国税庁と同じく公文書改竄にあたる行為と指弾されかねない。いずれにしろ、辻褄のあう説明が求められる。筆者は同書について、どのような経緯・手続きを経て「返本」したのかを和歌山市教委の担当課に12月8日にメールで問い合わせたが、現在までに回答はない。

 和歌山市は今年9月の議会で、来年4月から5年間、和歌山市民図書館を運営する指定管理者にCCCを選定する議案を可決・承認した。5年間の指定管理料は総額19億4900万円。今年7月に行われた指定管理者選定委員会での同社の総合評価は1000点満点中824点。和歌山市が毎年発表している指定管理者モニタリング結果(令和4年度)でも同館は200点満点中164点を獲得して総合評価Sだった。前出の図書館関係者は、指定管理者を適正に評価する仕組みが整っていないと指摘する。

「運営審議会などによる図書館の評価は定量的な分析ばかりで、サービスの質を問う分析や意見はほとんど出てきません。図書館法などで規定されている図書館の設置目的は、まさにサービスの質を追求する主旨(筆者註:国民の教育と文化の発展に寄与することを目的とする)なのに、そこはほとんど評価の対象になっていないのです」

 入館者数などの数字だけが評価され、市民の知る権利を保障し、市民が調査研究を行うための資料収集の機会を提供するという図書館本来の機能がどの程度充実しているかが評価されることは、ほとんどなくなっているのではないか。もし、これからもツタヤ図書館が高く評価されCCCによる運営が続けば、図書館本来の機能は衰え、利用者が知らないうちに、重要な資料が次々と廃棄されていく恐ろしい未来が待っているのかもしれない。

(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)

提供元・Business Journal

【関連記事】
初心者が投資を始めるなら、何がおすすめ?
地元住民も疑問…西八王子、本当に住みやすい街1位の謎 家賃も葛飾区と同程度
有名百貨店・デパートどこの株主優待がおすすめ?
現役東大生に聞いた「受験直前の過ごし方」…勉強法、体調管理、メンタル管理
積立NISAで月1万円を投資した場合の利益はいくらになる?