一般ユーザーを意識し始めたエボVI(1999年・CP9A)
WRC向けグループAマシンとして、さらに国内外の各種競技・レース向けベース車としてひたすら進化を続けてきたランエボの方向性に初めて若干の変化を魅せたのがエボVI。
エボIII同様に空力&冷却性能向上を目的としたフロントバンパーやリヤウイングの改善が行われる一方、スポーツ走行をせずに半ば以上ファッションでランエボへ乗るユーザーも無視できなくなり、一般向けのGSRではサスペンションセッティングがソフトになります。
競技ベースのRSは従来通りだったものの、GSRにはスポーツ走行から日常用途までランエボでこなすユーザーも多く、特に競技でもGSRに乗るユーザーからは不評でした。
しかし、進化を繰り返すほどベース車のランサーの存在が希薄(※)になっている状況では仕方がありません。
このあたりから「本来は市販車の販売促進が役割であるはずの、ランエボの存在意義」が、本格的にゆらぐものの、日産のスカイラインGT-RやホンダのタイプRと異なり、「今さらランエボをやめたところでランサーの販売が回復するのか?」という葛藤が始まります。
最後のグループAランサー、エボVI TME(2000年・CP9A)
存在意義のあやふやさに悩み始めたランエボですが、一方でWRCでは1998年に初のマニュファクチャラーズ(メーカー)タイトルを獲得、1996~1999年にはトミ・マキネンが4年連続ドライバーズタイトルを獲得するなど、絶好調。
そこで半ば景気づけ的な意味合いもあったのか?2000年型のランエボはエボVIIとせず、トミ・マキネンの偉業を称えるエボVI TME(トミ・マキネン・エディション)として空力改善を狙ったフロントバンパー変更、ターボのレスポンスアップなど実用性能を向上。
さらにターマック(舗装路)ムキにローダウンサスペンション、オプションでTME専用のワークスマシン仕様スペシャルカラーリングも用意されました。
しかしそろそろグループAで戦い続けてきたランエボの戦闘力も限界に近く、特にリアのマルチリンクサスペンションは耐久性やメンテナンス性に問題があって、ついにこのエボVI TMEを最後にランエボはWRCから退場、WRカーのランサーWRCへ後を託します。