債務負担激増が凍て付く中古住宅市場と連動
間の悪いことに、アメリカの庶民は学費ローン返済負担が突然のしかかってくる頃に、これまでの住宅価格高騰による持家の評価益を実現して、下がる一方の実質賃金を補って生活水準を維持することも非常にむずかしくなっています。
アメリカ庶民の生活を支えてきた重要な柱のひとつが、持家のある世帯ではよほど不運な時期に買っていなければたいていの家には評価益が溜まっていて、買い替えによって評価益の一部を住宅以外の用途にも使えることでした。
低金利の時代には、たとえ残債のある持家でも他の家に住み替えるときに一度ローンを完済して低金利のローンを組めば、ローン返済負担も減らすことができていたのです。
しかし、住宅ローン金利が30年物固定金利だけではなく5年物変動金利でさえ急騰している現在、残債のある持ち家を売って新しい家のローンを起こすと、ほとんどの世帯にとってかなり返済額が上がってしまいます。
住宅ローン金利の急騰ぶりを示すのが、次の2段組グラフです。
下段のグラフでは、現在の30年固定金利ローンの負担は国際金融危機のさ中の2008年と同じ程度に見えます。しかし、実際には年収に対するローン負担が現在と同じ高さだったのは、ちょうど日本で地価・株価バブルがピークに差しかかっていた1988~89年のことなのです。
そのあたりの事情を示しているのが、次の2枚組グラフの上段です。
年収の半分近くをローン返済負担に振り向けなければならないとしたら、自宅の売却代金と手持ちの資金だけで次に住む家を買える世帯以外は、ほとんど買い替えを考えなくなるでしょう。
それによって何が困るかと言うと、下段のグラフでおわかりのように中古住宅買い替え市場は非常に大きく、年間400~700万戸が売買されているからです。アメリカの住宅市場は完全に中古買い替えが主で、毎年130~180万戸にとどまる新築購入や持家建築は従なのです。
ギャラップ社が毎年行っている世論調査では、「住宅は今が買いどき」と考えている人の比率が、調査開始以来最低の21%に下がっています。
去年も「初めて30%台を割りこんだ」と話題になったのですが、今年はさらに下がってかろうじて20%台に踏みとどまっている感じです。しかも、「来年は住宅価格が上がる」と見ている人が56%もいて、住宅の買いどきが来るのはかなり先のことと考えているようです。
アメリカでは、中古住宅売買市場が冷えこむと、その派生需要のケースも多い住宅新築市場も低迷するようになります。
米株市場には住宅建築会社がほとんどなく、全国ネットの大手は皆無と言ってもいいほどなのであまり金融業界では話題になりませんが、地場産業としては住宅建築の存在は大きいのです。
さらに、銀行危機が不動産業界の中でも非常に重要なオフィスビル、大型小売施設開発に支障をきたす形勢になっています。
オフィス小売施設開発融資は中小銀行中心表面的には銀行危機は小康状態にあるように見えます。
上段のグラフからは、3月いっぱいかなりのスピードで続いていた預金流出は、4月の第2週以降ほぼ横ばいに変わったことが読み取れます。
しかし、下段を見ると、今回銀行危機が勃発してから慌てて創設された、緊急措置としては異例の最長1年までの期間にわたって資金を貸してくれるバンク・ターム・ファンディング・プログラムの利用は、5月第4週についに900億ドルを突破しています。
また、連邦準備制度以外の目立たないところで政府による銀行支援はかなり巨額に達するようになっています。
連邦住宅貸付銀行は、名前どおりに住宅ローンの貸付を本業とする銀行ですが、銀行危機に際しては「前貸金(Advances)」という名目で担保を取って流動性が不足している銀行に融資をしています。
この前貸金の残高が、国際金融危機のピークでさえ到達しなかった1兆ドルを突破しました。銀行危機はまったく終息しておらず、むしろなるべく目立たないところに潜伏させられているだけだと思います。
こうした緊急支援措置の対象となっている金融機関は、今のところほとんどが地方の中小銀行でしょう。しかし、「大手銀行の破綻さえなければ、国民経済に大きな影響はない」と考えるのは間違っています。
下段の表にあるとおり、商業用不動産開発、中でも現在かなり深刻な構造不況に陥っているオフィスビルや大型商業施設の開発資金に関するかぎり、最大の貸し手は中小銀行なのです。中小銀行の資金繰り悪化は、即商業用不動産開発の冷えこみにつながるのです。
「もともとオフィスビルも大型小売施設も建てすぎだから、新規事業が立ち往生しても別に需要を満たせないわけではない。むしろ、不動産開発業者や中小銀行が捨て値で処分した物件を大手金融機関が買い集めれば業界の安定化につながる」との見方もあるでしょう。
しかし、ほとんどあらゆる産業分野で寡占化が進んでいるアメリカで珍しく競合企業の多い、住宅建築、不動産開発、そして中小銀行までもが寡占化の波に呑みこまれてしまうのは決して健全な変化ではありません。