ひとりっ子政策はまだ維持されていたけれども、中国でも知的財産のストックを拡大しようという政策的配慮から「夫婦のうちひとりが博士号を持っていれば堂々と二人目、三人目の子どもを産んでもいい」という特典によって、博士号取得者を増やした時期のことです。

その頃、多くの子どもをつくりたいために博士号を取った人たちの中には、とくにこれといった課題を究めたいという意識もなくそのときどきの流行に乗ってなるべく学会誌に載せやすいテーマで論文を書く人もいます。

また、そうしたあまり独創性のある論文を書きそうもない博士たちのあいだでは、自分が理解できる論文をお互いに引用しあって学究としての業績考課にも役立てたいという相互扶助意識もあり、引用される回数の多い論文もけっこう大量に刊行していたりします。

それにしても、その程度の論文を書いている人たちが引用数でトップクラスになってしまう学術分野というのは、やはりほんとうに独創的であって、しかも多くの研究者が注目するような画期的な業績が生まれにくい分野だとは言えると思います。

ちなみに、最近のAI関連論文をテーマとなる分野ごとに集計したグラフは次のとおりです。

コンピューターに計算能力だけではなく、ものを考える能力も持たせようと思いついた研究者たちが最初に取り組んだのは、大量のデータから間違いなく一定のパターンに合致するものを拾い出す作業を覚えこませること、すなわちパターン認識でした。

そこから出発して、大量のデータから個々のサンプルをふるい分けるだけではなく、データから学んだ文章や音声、画像などを生成する方向へとAI研究は進んできたはずです。

しかし、ちょうど中国がAI論文の被引用回数で世界一の座についた2017年頃から、この分野の老舗として毎年刊行される論文の点数ではトップだけれども伸び率は低い分野だったパターン認識の伸び率が加速に転じました。

さらにマシンラーニングやデータマイニングといった反復性が高い分野の論文の刊行点数も急激に伸びています。

逆にたんなる反復学習のための教材にはとどまらない自然言語処理、人対コンピューター相互交流、言語学などに関する論文は刊行点数が横ばいにとどまったり、下落したりしています。

マスメディアなどがおもしろおかしく取り上げる「認知から生成へ」という流れはごく表層だけの現象であって、底流では基本的な機能を認知にとどめたまま、反復学習の精度を高めるというよどんだ方向に回帰してしまっているのではないでしょうか。

こうした状況を反映していると思われるのが、企業などで意欲的にAIに重要な仕事をさせる業界ほど失敗が顕在化することが多く、企業にとって重要な基幹分野から従来と同じような機能にAIの適用範囲を狭めようとしているという事実です。

意欲的にAIを使う業界ほど失敗する

まず、さまざまな業界で企業はAIにどのような役割を委ねているのかを示す2022年現在の図表からご覧ください。

この図表を見るだけだと、金融業界は自社の収益成長のキモになるはずの製品・サービスの開発をずいぶん大胆にAIに任せているという印象を受けます。

それとは対照的に、本業としてAIの研究開発を進めているハイテク各社は製品・サービスの開発はほとんどAIにやらせず、リスク管理という手堅い分野を大きくAIに委ねているように見受けられます。

ですが、金融の「先進性」もハイテクの「保守性」も、それぞれ2021年の経験に学んでやっていたことなのです。

こちらの図表は、上で見ていただいた2022年の産業別AI採用動向が、2021年に比べてどう変わっていたかを示しています。

ハイテク・電気通信から見ていくと、2021年にはこの業界の企業の32%が製品・サービス開発に、そして28%がマーケティング・販売にAIを導入していました。そして、多くの場合AIが開発した製品・サービスや販売手法は派手にコケました。

フェイスブックがメタヴァースという仮想空間を開発していたベンチャービジネスを買収しただけではなく、社名までメタに変えたけれども業績貢献はメタメタに足を引っ張るだけだったことを想起していただければ、十分でしょう。

その結果、ハイテク・通信各社は2022年には製品・サービス開発でAIを採用している企業は7%、マーケティングで採用している企業は4%に激減した一方、リスク管理に採用する企業は前年の16%から一挙に38%にまで上昇したわけです。

2020年から21年にかけて、未上場株取得というかたちでのAI投資が約2倍、買収合併にいたっては4.6倍に伸びていたので、ハイテク業界のAI投資で仲立ちをした金融業界はそうとう儲かっていたはずです。

そして、仲介だけでこんなに儲かるなら自社でAIを活用すればもっと儲かると思って、2021年には20%だけしか製品・サービスの開発にはAIを導入していなかったのに、2022年には31%が導入するようになっていました。