リスク

貸付をするということは貨幣を一時的にではあるが手放し、他人の信用に供するのであるから、貸し手にとっては“返済されない”というリスクがある。しかし、貸付の第一形態の場合、このリスクは質的に無い。というのはW ′ 売れる商品なのである(もちろん、個別にはそうでない場合もある)。

貸付には、利子・利息が生ずるが、それは ′ 増分から支払われる。返済は確実で利払いも確実である。貸付が短期でリスクが極めて小さい。このことで、銀行業の第一の機能として、それがまず展開したことが説明される。後に述べるが、イギリス(近代的銀行の発祥地)では、第一形態の貸付だけをする銀行が“商業銀行”と呼ばれ、銀行の通念型であった。

商業信用・手形取引

私がW ′ を現在所有し、これを他の企業家甲に販売しようとしているとする。このケースは販売対象が甲として想定されているだけ、進んでいるのだが、この時甲が自己宛の約束手形を発行し商品を引き取るという慣行が近代的銀行業の成立以前から商業世界にはあった。甲が(債務者)発行すれば約束手形で、私(債権者)が甲を支払人として発行すれば為替手形になる。

歴史的には為替手形が利用されたケースが多い。それは商品が債権者になる側の手元にあるから、個数、形状、取り扱い上の注意などを付属書類に書き込み易いからだと思われる。外国貿易ではもっぱら為替手形になるのはこのためである。商品は輸出者の手元にあり、輸入者はまだそれを見ていない。

だから銀行が出現しなくてもW ′-G ′ は短縮できる。しかし条件がある。受け取った商業手形(為替手形や約束手形を総称して)が貨幣として使えることである。私は甲を支払人とする手形で、私の取引先から商品を手に入れる。これを商業手形の流通というが、それは手形の裏書きという工夫で実現した注2)。

ところがこのストーリーには自然な限界があった。私、あるいは私の取引先の発行した手形は私たちのことを知らない隣り町ではもう流通しないのである。この限界を超えるのは銀行であった。

銀行の知名度は商人・企業家よりも高く、かつ彼らの財力・信用力は高かった。銀行は私達の手形を買い取り利子を差し引いて貨幣を私達に渡す。これを手形割引という。この信用形態は広く普及する。なぜなら、理論的に考察した第一の形態よりも、さらにリスクが減少しているからである。

単に商品を担保に貸出すより商業手形が介在した方がリスクが少ないのは、商業手形の取引に複数の人が連帯責任を持つからである。私が発行し支払人が甲であっても、この手形が事故(不渡り)になれば支払人だけの問題ではない。だから、銀行の第一の業務は商業信用に介入する型で展開したのである。

イギリスでは商業銀行がビルブローカー(手形割引業)と組んでこれを展開した。商業手形の裏書き流通は現代のブロックチェーンの仕組によく似ている。商業手形は中央銀行という権威なしで流通する“民間貨幣”であった。

第一形態の効能

この貸付の発生する場所を範式の図ではAで示している。ここでの貸付の機能は循環の加速化である。これによってW ′-G ′ という流通機関をゼロにしている。販売を行って貨幣を手にいれ次の循環にむかうのではなく、商品が完成した今、すぐに第二循環に入れる。

資本主義下での企業は常に速度を求める。それは資本の回転数を増やすからだ。利潤(p)は一回転(G-G ′)ごとに生じるのだから、一年にn回転すれば、年間利潤はn × p = Nになる。

スピードは資本主義の精神であり、それは文化的にも作用する。技術革新にも同様に作用する。この世界では、社会も企業も、そこで働く人々もスピードを求められている。時おり、スローライフなどという言葉を聞くが、それはスピード社会への反動であり、失われた世界への人々の郷愁なのである注3)。

銀行の第二の機能:資本の貸付

もうひとつ貸付が機能する場所は最初のGのところ、範式の図のBで示したところにある。資本の循環の起点は貨幣Gであるから、生産の規模を拡大しようとすれば、このGを前回よりも大きくしておくことが必要だ。その方法は二つしかない。

ひとつめは、すぐ前の循環で生じたg(利潤)をできるだけ消費せずにGに追加する。浪費せずとは倹約であり、M・ウェーバーの発見した資本主義の精神である。資本主義を発展させるものが浪費でなく、節約にあることを人類の精神史の中に探り当てた。

ふたつめは外部からの借入だ。一般的なのは、稼いだgに借入金Dを加え、G+g+Dにすることだ。

ここで生じる貸付は、第一の形態とは性格の違ったものになる。まず、それは形式的に長期信用になる。資本の循環の最後までつき合うことになるからだ。このモデルでは扱わないが、固定資本を想定すれば、もっと長期化する。このことは銀行には手に負えない問題を引き起こし、やがては証券市場に辿りつくのだが、このテーマは後の課題とする。すなわち銀行⇒証券、両者の融合という現代的なテーマである。