- 「イコモス案」の具体的な内容について理解する
では、イコモス案と現行案の違いを具体的に見ていきましょう。
現行案は、神宮球場と秩父宮ラグビー場の場所を「入れ替える」案になっているんですね。
まず現行案を見てみます。
明治神宮外苑には「神宮球場」の北に「神宮第二球場」というものがあります。主にアマチュア野球の試合に使われていたらしい。
神宮外苑まちづくり計画の概要
そこで上図のように、
・まず明治神宮”第二球場”を壊す→跡地にラグビー場を移設 ・前のラグビー場を取り壊した跡地に新しい神宮球場を建てる ・古い神宮球場を取り壊して緑地広場にする
…と順番に工事をしていくことで、工事中の期間も神宮球場やラグビー場が稼働し続けられるようになっている。
結果として最終的には「神宮第二球場」が一個無くなるわけですが、その分を緑地広場的なものに転換する計画になっている。
ついでに「新しい神宮球場」はドームになり(すいません勘違いでした。ドームにはなりません)、併設に高層ビルのホテル棟ができます。
ちゃんと見るとまあまあ妥当なプランなように私には思えますが、ただ問題なのはあちこち切り貼りして場所を入れ替えるので、「今ある樹木」を切る必要が出てくる場所が結構あるんですね。
あと、イコモス案原文の主張では、「本来の公園設計にあった全体的な調和」の側面から良くない面があるという指摘もあるようです。
「通景線=ヴィスタ」という観点から問題があるという話で、私はちょっとガサツな人間なので、正直言って”風水の話?”ぐらいの印象がありましたが、ただ公園設計のプロがそういうのなら結構大事な側面かもしれません。興味がある方はぜひイコモス案原文を読んでみてください。(ただそういう”センス”レベルの話で自分の意見を正直に言うならば、大正時代当時の背伸びした欧米的設計を”変えること自体に大きな意味がある”のでは?という気持ちも私には少しあります)
ではそのイコモス案の方の計画はどうなっているかというと、
・神宮第二球場を壊す→その跡地に新しい神宮球場を建てる ・神宮球場の継続性のために芝生広場に仮設球場を建てて対応する ・秩父宮ラグビー場は今の場所で建て替える
…という感じで、あっちこっち場所を入れ替えない分既存の樹木を切る数を大幅に減らすことができる案となっています。
結果として公園が作られた時に意図された「視線の広がり」が維持される事(上述したようにこれを通景線=ヴィスタと呼ぶらしい)や、今の考え方では重要な生物多様性を育むようなゾーンを設ける追加案などがメリットとして主張されています。
この案の問題は、
・第二球場跡地だけでは新神宮球場を建てられず、敷地が重なる位置に”ずらす”事が必要なため、工事中は「芝生広場に仮設球場をもう一個作る」必要が出てくる ・ラグビー場は同じ場所に建て替えるので、工事中は使えなくなる
といったところです。(実はそれだけではないんですがそれについては後述します)
まず、明治神宮の財政上神宮球場を使い続けることは営業収入の柱なので、建替え中はそれが使えないという状況はありえないわけですね。
というわけで、わざわざ芝生広場に「仮球場」を建てて、「今の配置を守る」案になっています。
ラグビー場は同じ場所に建て替える事で工期を短縮することはできるものの、その間はその競技はそこではできないことになります。
- イコモス案の最大の障害を反対派は理解していない
さて。イコモス案のざっくりした説明をした上で、ここからは以下の三段階の…
A・まず「現行案」が策定されて支持されている理由を理解する B・「イコモス案」の実行上の課題がどこにあるのかを理解する C・「イコモス案」の実行上の課題を解決できる方法を考える
B・「イコモス案」の実行上の課題がどこにあるのかを理解するについて考えていきましょう。
反対派は、単にこのイコモス案の問題は、「ラグビー場の継続性が無いこと」だけだと思っているフシがあるんですが、実際は問題はそこではないんですね。(おそらくその点だけなら大した問題ではないはず)
例えばイコモス案について詳しく書かれた日経クロステックの記事を読むと、
明治神宮外苑の再開発事業、国立競技場の二の舞い防ぐために一旦立ち止まりを
日経クロステックという技術系メディア(しかも記者さんはズバリ建築系メディアの人らしい)なのでプランの詳細は凄くわかりやすく書かれているんですが、このプランの実行上の問題がどこにあるのかが全く理解されていないというか「完全に意識の外」の論調になってしまっている事が印象的でした。
技術的な部分での「非常に高い完成度」の記事だからこそ、「財政面における問題」が盲点的に一切理解されていない印象との落差が目立つというか。
ここまでこの記事を読まれた人ならわかると思うんですが、現行プランの重要な点は、
・財政的にギリギリなのに宗教団体なので公金が入れられない明治神宮が、三井不動産と伊藤忠商事を巻き込んだ再開発に絡めることで事業費を捻出するスキームを組んだ
…という部分なわけです。
具体的には、ホテル棟を三井不動産に建てさせる分の借地権代と、さっき書いた「空中権取引」によって巨額の費用を捻出するプランになっている。
つまり、現行案をイコモス案に簡素化する事は、単に今のプランに使うはずの資金の使い方を変えればいいという話ではないんですね。
資金繰りの方法をゼロから考えなくてはいけなくなる。
反対派の大半はこのあたりの問題を理解していないので、「単に銭ゲバの明治神宮が土地を切り売りして儲け話に飛びついているんだろう」と思っているんですが、その時点で全然話が噛み合ってない。
ここまでに書いた「森林管理費用の試算」と「明治神宮の売上規模」を考えれば、銭ゲバどころか結構使命感を持って「内苑の森」を維持しようと明治神宮が頑張ってきた苦肉の策である事がわかるはず。
それはさっきの日経クロステックの記事を読んでもわかるように、結構頭良さそうな関係者ですら理解していない事がこの論争が水掛け論に終わってしまう理由です。