キャッシュフローが異様に潤沢なアメリカの軍需産業
研究開発費が総売上に占める比率が低下したのは、決してこの分野の出費を削らなければ増配や自社株買いの資金が捻出できないほど資金繰りが逼迫していたからではありません。
たしかに、2年続きの墜落事故の影響がフルに現われた2020~21年の決算では、ボーイング社を含む大手各社の営業利益・純利益は激減しました。しかし、2019年まではその兆候もなく、研究開発費を絞りこまなければならない理由はほとんどなかったのです。
それまでの段階でボーイング社を含むと大手の利益率が下がっていたのは、ボーイング社が民間航空会社の発注する旅客機への収益依存度が高かったからで、これはとくに資金繰りが逼迫していたことを示すわけではありません。
ここで軍需産業最大手10社に絞って主な収益指標を比較すると、一貫して軍需専業度の高い同業他社より低収益だったボーイング社を含めた場合と除いた場合とでは、次のような違いがあるとわかります。
左側ふたつの利益率指標で見ると、ボーイングが入った場合と入らなかった場合では2020年以降にかなり大きな差が出てきます。ですが、右側ふたつのキャッシュフロー指標で見ると、2020~21年のへこみ方はさておき、2022年には双方とも急改善しています。
このキャッシュフロー面での改善ぶりは、2020年のボーイング社単独の決算が営業損失率85.7%というとんでもない大損失に終わっていただけに、奇妙な印象を受けます。
なぜ、軍需産業各社はたとえ本業で大幅な営業損失を出した年でさえも、キャッシュフローはあまり大きく減少しないし、その後業績が回復すればすぐキャッシュフローも改善するのでしょうか。
軍需産業は隠れた不況ヘッジ業種どこまで原因を理解した上での選択かわかりませんが、アメリカ株市場の参加者の中には、軍需産業が不況の際にも、自社の業績が極端に悪いときでも、非常に安定したキャッシュフローを維持できる体質だと気づいている人たちがいるようです。
ですから次の図表上段のグラフでご覧いただけるように、軍需産業株への投資から得られる総合収益率は、とくに景気が低迷している時期には突出したものとなります。
そして下段の表によって、その理由をかなりの程度まで推測することができます。
まず、画期的な新しい製品を国防総省が要求する際には、その製品デザイン細部の確定までの技術開発の費用をほぼ全面的に負担することもあります。受注業者にとっては、完成に至るまでの金銭的なリスクはほぼゼロで取り組むことができるわけです。
さらに、これまで市場に出回っていなかった原材料や部品を調達する必要がある場合には、受注業者が「公正」と見た費用で調達し、もともとの受注価格での想定を上回る費用がかかれば、上積みを発注者側が払ってくれます。
また、新製品を製造する際に大規模な製造ライン変更や新しい製造ライン構築が必要な場合には、そのための設備投資の財源の調達も発注者側でしてくれます。
受注者がコストの一部を自腹を切って立て替えておいて、製品納入時にその分を受注時の約定に上積みされたかたちで受け取るのではなく、受注から納品と支払いまでのあらゆる不時の支出のリスクを全部発注者側が吸収する仕組みになっているわけです。
この受注企業側にあまりにもおいしい契約慣行は、主に第二次世界大戦中に兵器や弾薬を大増産するためのインセンティブとして、あくまでも非常時の特例として採用されていたものが原型です。