(3)共働き・共育ての推進

男性の育休取得率目標の引き上げ

2025年は公務員が85%(1週間以上の取得率)、民間が50%、2030年は公務員が85%(2週間以上の取得率)、民間が85%とする。しかしこれでは、方法の明記がなく、大企業と中小零細企業への配慮もない。

「産後パパ育休」を念頭に、給付率を8割程度(手取で10割相当)に引き上げる

「気兼ねなく育休を取得できるよう周囲の社員への応援手当などの体制整備を行う中小企業に対する助成措置の大幅強化」はどこまで具体化できるか。

こどもが2歳未満の期間に時短勤務を選択した場合の給付を創設する

(4)意識改革

「こどもや子育て中の人が気兼ねなく制度やサービスを利用できるよう社会全体の意識改革を進める必要がある」とは書いてあるが、方法論の明記はなく、実現の見通しも得られない。

「社会全体の意識改革」は簡単ではない

社会学の知見からすると、「社会全体の意識改革」は簡単ではない。これは簡単な常識に属する。

かつて高度経済成長を推進した日本型経営社会システム(経営家族主義、年功序列、企業別組合)が壊れ始めて、能力主義、頻繁な企業間移動、組合加入率の低下に変質するのには30年ほどかかった。

私が社会学を学んだ1970年代の「離婚」は家族解体や社会解体につながる「社会病理」とされていたが、それが「個人の自由」と評価が一変するには同じく30年くらいの年月を要した。

「介護保険」による国民意識の変容

近年で「社会全体の意識改革」が成功したのは「介護保険」による国民の介護意識と行動である。

日本では長い間、介護は家族とりわけ主婦に任されてきた。しかし2000年4月からの施行を前に、1997年から3年間の試行期間に実施された聞き取り調査では、要介護者を抱える家族とりわけ主婦層は「介護保険」に警戒していた。その理由は、たとえば自分と同年代の見知らぬ女性ヘルパーが、自宅の台所を使い、要介護者の寝室の掃除をすることへの警戒心が大きかったからである。

しかし、導入後3年後に同じような聞き取りをしたところ、評価が逆転した注11)。家族による介護負担の軽減とヘルパーの献身的努力、業界の誠意ある対応などが受け入れられたからである。

「異次元」への途は「通常次元」の精査から

要するに、「社会全体の意識改革」は太平洋戦後のGHQによる軍事力を背景にした権力的な指令を別にすれば、それまでの制度が変わり、それに沿って徐々に国民の理解が進み、気がついたら、意識も変容するといったことなので、急いでも成功しない。

それよりも、常識的に「通常次元」の精査を進め、従来からの政策メニューの「創造的破壊」を行い、防衛費と同額に膨れ上がる予算の適正な運用を心がけるしか「異次元」への途はありえない。「異次元性」とは諸官庁と政界の「組織的革新」の別名でもあるのだから。

注1)社会学の方法は過去から現在までのデータを重視して、その傾向把握を第一義とする点で、同じようなテーマを人口学の将来推計データで議論した方法とは異なる(原、2023)。

注2)いうまでもなく1960年代のデュボスの時代は、世界的な「人口爆発」の時代であった。

注3)これについては、事例分析とともに金子(2023a)で詳述した。

注4)介護保険では、支える側の「社会全体」としては40歳以上の国民全員とされているし、「再エネ賦課金」は「電気を使うすべての方」が該当する。通常は世帯単位なので、全ての世帯が「社会全体」を構成する。

注5)ここで財源論に立ち入らないのは、たとえ「異次元の少子化対策」の財源が「倍増」されても、「通常次元」のメニューのうちに点在する「割れ窓」的施策・事業が残るのであれば、せっかくの「倍増」が無意味になるからである。

注6)不思議なことに「異次元の少子化対策」論の大半が『少子化社会対策白書』を参照することなく、「通常次元」の持つ問題点も論じることなく私論を展開する傾向にあるように思われる。

注7)令和4年度の予算では6兆1000億円に増額している(『令和4年度版 少子化社会対策白書』)。

注8)近年「少母化」が少子化の原因と指摘されることがある。確かに「小家族化」とともに子どもの出産や子育てを考えるうえでは重要な変数であるが、ここでは3点に限定しておく。なぜなら、小家族化も少母化も政策的なコントロールが不可能な人口関連の与件データであり、「少子化対策」の対象にはならないからである。

注9)「少母化」が少子化の原因であっても、政府主導の少子化対策では解消できない。

注10)「ワーク・ケア・ライフ・コミュニティ・バランス」については、金子(2014:104)や金子(2016:103)から使ってきた。

注11)この経験は、2000年3月までの3年間、北海道庁高齢者福祉課が設置した「介護保険試行委員会」の委員長を務めたことで得られた。

【参照文献】

Dubos,R.,1965,Man Adapting,Yale University Press.(=木原弘二訳『人間と適応』みすず書房). 原俊彦,2023,『サピエンス減少』岩波書店. 金子勇,2006,『少子化する高齢社会』日本放送出版協会. 金子勇,2014,『日本のアクティブエイジング』北海道大学出版会. 金子勇,2016,『日本の子育て共同参画社会』ミネルヴァ書房. 金子勇,2023a,「少子化」の因果推論の科学(アゴラ言論プラットホーム 2月6日). 子ども担当大臣,2023, 「こども・子育て政策の強化について(試案)」(少子化対策の「たたき台」) 内閣府,2019,『令和元年版 少子化社会対策白書』日経印刷. 内閣府,2022,『令和4年版 少子化社会対策白書』日経印刷. Paine,T,1776,Common Sense.(=1953 小松春雄訳『コモン・センス』岩波書店).