「児童手当→結婚・出産」という直接経路だけでは不完全

誰でもが感じるように、児童手当が1万円から2万円になったら、あるいは子どもが高校卒業までそれが支給されるから、未婚者の選択が「結婚」そして「出産」に結びつくわけではない。それを図1として「生活安定」と「未来展望」という「媒介変数」を入れて表現したことがある(金子、2023a)。

図1 少子化対策の因果ダイヤグラム出典:(金子、2023a)

すなわち、少子化克服では「児童手当→結婚・出生」という直接経路だけは考えにくく、通常ならば、「児童手当→生活安定」「未来展望⇔生活安定」の二者の間接経路も想定されるはずである。

要するに、若い男女の「生活安定」を第一義に考えると、子育て費用の一部補助として児童手当は「生計」にも寄与するが、それだけでは「生活安定」は得られないし、「未来展望」も難しい。なぜなら「未来展望→生活安定」の軸は、高齢者を含む全国民が自らの人生設計の判断基準にするからである。

生活安定と未来展望

現状で「生活安定」と将来に向けての「未来展望」の根本的条件は、働く世代にとっては「雇用安定」にあると思われる。より正確にいえば「安定した正規雇用」である。

この政策が「少子化対策」の主柱にならない限り、現行の「児童手当」が倍になっても、「生活安定→結婚・出生」のダイヤグラムは作動しない。若い世代の40%が「非正規雇用」や「ギグワーク」の現状では、その人々には「生活安定」が得られず、「未来展望」へと結びつかない。

個人生活を支える労働現場が働く際の達成感や業績性と無縁であれば、結果的にその個人は「未来展望」ができなくて、「結婚」ではなく「未婚」を選択して、カップルが誕生しても「子どもなしのライフスタイル」を継続する比率が高まってしまう。

進取の希求が満足させられる環境

この文脈でもデュボスは、「生活における人間的・・・な質を維持するうえで、同じように重要なものは、静かさ、私生活の秘密、独立、進取の希求が満足させられる環境、一寸した開けた空間」(傍点原文、同上:249)への配慮を忘れていない。

私生活の独立には、将来的にも確実で継続的な所得が前提となる。それがなければ、「進取の希求」は満たされないし、社会システムにおける「人間的な質」としての安心、安全、安定、安寧なども保てない。これは「簡単な事実」である。

そして、「正規雇用」が労働者の「進取の気風」や「達成感」を支えてくれる「正規雇用→生活安定→結婚・出生」のモデルは、日本史でいえば直近の高度成長期にあったと考えられる注3)。

デュボスなどの古典や1960年代日本の高度成長期の歴史から現在に引き継げる少子化対策は多いのだが、2023年4月1日に公表された「少子化対策のたたき台」では、「正規雇用→生活安定→結婚・出生」のモデルは残念ながら反映されていない。

少子化対策を対象者ごとに細分する

さらに少子化対策を細分した対象者ごとに違えるといった工夫もないようである。かれこれ20年前だが表1を作って、国民全体だけに呼びかける「少子化対策」では効果が薄いし、議論が深まらないと強調した理由は、少子化対策の対象は必ずしも一枚岩ではないからである。

少なくとも、国民全体だけではなく、未婚者男女、既婚者男女・無子、既婚者男女・有子への問いかけと支援を工夫する時期に来ている。それこそが「異次元の少子化対策」への第一歩になるのではないか。

表1 少子化対策の対象者類型出典:金子(2006:141)