「通常次元」を取捨選択して「異次元性」に踏み込む
この問題にこだわるのは、30年間の少子化対策の歴史では、現今の話題の焦点である「児童手当」や「育児休業給付」だけではなく、「子育て」事業として「大胆に拡充」された施策・事業も少なくなかったからである注5)。
たとえばその一端を掲げてみよう。
『令和元年版 少子化社会対策白書』では、厚労省「ジョブカード制度」、厚労省・国土交通省「テレワーク普及促進対策事業」、厚労省「たばこ対策促進事業」、文科省「国立女性教育会館運営交付金」、文科省「学習指導要領等の編集改訂等」、農水省「都市農村共生・対流及び地域活性化対策」、国土交通省「官庁施設のバリアフリー化の推進」、「鉄道駅におけるバリアフリー化の推進」、厚労省「シルバー人材センター事業」などの諸事業も「少子化対策関係予算」とされていた(同上:170-184)。
これらは「少子化反転」に寄与できる事業なのか。
かなり恣意的で大胆でなければ、これらを「少子化対策」に含めることは困難である。そういう意味では、これら施策・事業の所管府省と予算を認めた財務省、そして国会審議で予算案を可決した与野党ともに、「通常次元」の少子化対策認識に甘さがあったことが指摘できる注6)。
この感覚で、防衛費とほぼ同額の5兆円(令和元年度予算)を毎年使ってきたのだから、30年間の少子化対策の失敗が語られるのも仕方がない注7)。
「異次元性」は「30年間の通常次元」を乗り越えること従って、新たな「異次元性」に突入するには、まずは「子ども予算倍増」などではなく、首相のリーダーシップのもとで、全官庁がこのような「30年間の通常次元」の「割れ窓」施策・事業を速やかに払拭できるかどうかにかかっている。
「たたき台」から3か月後に確約された6月「骨太の方針」でも、このような「通常次元」メニューに固執するのなら、その結果は火を見るよりも明らかであろう。
少子化とは何かそこで「たたき台」で最も貴重な「少子化のトレンドを反転させること」という定義を受けて、少子化とは何かを考えてみよう。
これまでの研究では合計特殊出生率の漸減が代表的な指標として利用されてきたが、これからは年少人口の数の減少と年少人口率の低下として三点を総合化して定義しておきたい注8)。だから反転の意味は、出生数の増加により長期的にはこれら三点を緩和することに目標が定まる注9)。「たたき台」でも次のような諸項目として論じられている。
Ⅰ. こども・子育て政策の現状と課題ここでの問題は、若い世代が所得や雇用への不安から将来展望を描けないという点にある。この理由は若い世代で「雇用」不安が広がっているからである。その象徴は「非正規雇用」が40%に達したことにあり、その他にギグワークなどもある。
さらに従来から言われてきたが、現実に男性の育児休業制度が利用しづらい職場環境も残っている。とりわけ企業数の90%を占める中小零細企業では、ぎりぎりの人員が就業しているから、1年間職場を抜けられたら皆が困るという周知の現実がある。
しかし「たたき台」では、大企業と中小零細企業の区別をしたうえで対応するとは書かれていない。6月の「骨太の方針」では、両者を区別して扱ってもらうことを願う。
「子育て世帯の不公平感」「たたき台」では、新しく「子育て世帯の不公平感」にも触れられた。これも従来にはなかった論点であり、特記してよい。
なぜなら、「子育てしていない世帯」には分からない数多くの負担増が、「子育て世帯」にはたくさんあるからである。とりわけ義務教育を補完する放課後学習費、高校教育費と学習塾費や予備校費、自宅通学はもとより自宅外の大学修学費、成人までの衣・食・娯楽にも大きな負担を余儀なくされる。
これらは「子育て世帯」だけが負担するのであり、そうして育てられた子どもたちが次世代を形成して、社会システムを担っていく。
Ⅱ. 基本理念ここでは3点が強調されている。
(1)若い世代の所得を増やす
そのために賃上げ、最低賃金の引き上げ、106万円や130万円の壁を意識しないでいいように、「短時間労働者への被用者保険の適用拡大」が謳われている。
しかし、
若い世代の「正規雇用」と「非正規雇用」が区別されず、明らかに所得が少なく、制度的にも恵まれない「非正規雇用」を「減らす」「止める」という選択肢が出されていない。 それを等閑に付して、「106万・130万の壁」「短時間労働者への被用者保険の適用拡大」「最低賃金の引き上げ」に止めている。
だから、このままだと、若い世代がなぜ所得が少ないかの根源にある「雇用」を直視しないために、ここでの成果にはあまり期待できない。
(2)社会全体の構造・意識を変える
「…ねばならない、必要である」では具体化への道筋が見えないので、社会全体の構造や意識を変えることはできない。
各論としては、
① 子育てを職場が応援し、地域社会全体で支援する
ことがあげられてはいるが、方法論が皆無なために何もできないであろう。なぜなら、「通常次元」の看板政策だった地域社会抜きの「ワーク・ライフ・バランス」の反省が欠如しているからである。地域社会を復権させて、「ワーク・ケア・ライフ・コミュニティ・バランス」に移せるかどうかがここでの試金石である注10)。
② 育児休業制度を自由度の高い制度に強化する
これはその通りだが、実行段階では大企業と中小零細企業に分けないと具体化は進まない。
③ 親の就業形態にかかわらず、どのような家庭状況にあっても分け隔てなく、ライフステージに沿って切れ目なく支援を行い、多様なニーズにはよりきめ細かい対応
これも正しいが、「正規雇用」と「非正規雇用」とでは「分け隔て」が基本だし、「多様なニーズ」にも「違い」を付けた対応がうまくいくであろう。
Ⅲ. 今後3年間で加速化して取り組むこども・子育て政策これはいいが、ここまでに至った原因の究明はしないのか。
「1990年の1.57ショック」から33年間の「少子化対策の失敗の検証」が行われたか?2023年年頭に首相自らが「異次元性」を強調せざるを得なくなった「少子化」の現状(人口4000万人以上の世界35カ国で最低の年少人口率)に対して、それまでなぜ有効な対策が打たれなかったのかという責任はどうするか。ここでも「通常次元」の反省が急務であろう。
以下の各論はその後の話になる。
(1)経済的支援の強化
児童手当議論ばかりが突出する現状では「将来展望」には届かない。
支給期間を高校卒業までに延長(財源議論は後回し) 出産費用の保険適用 自治体の「こども医療費助成」では「国民健康保険の減額調整措置」の廃止 学校給食費の無償化にむけては課題整理(実行するかどうかは不明) 高等教育の貸与型奨学金(減額返還制度利用可能な年収上限を325万円から400万円に引き上げる、授業料等減免おとび給付型奨学金は24年度より多子世帯、理工農系の学生などの中間層で世帯年収の600万円に拡大) 公的賃貸住宅への子育て世帯による優先的入居の取り組み
これらは「少子化対策」の本筋なので、可能な政策から速やかに実行に移したいが、1998年に廃止された「奨学金・返還特別免除制度」についてはどこにも記載がない。
せっかく30歳近くまで学業に励んで博士号を取得した全国数万人の若手研究者が、非常勤講師のかけもちをせざるを得ない現状からも、これはぜひ復活してほしい。
(2)サービスの拡充
妊娠期から出産・子育てまでの「伴走型相談支援」の制度化 保育士の配置基準の見直し 保育士の処遇改善 ヤングケアラーへの支援強化 ひとり親雇用の企業支援
これらもすべて「少子化対策」の範疇に属しているので、着実な実行が期待される。