2. 少子化対策の「たたき台」
少子化のトレンドを反転させる2023年3月31日に日本政府が発表した「こども・子育て政策の強化について(試案)」(いわゆる「少子化対策のたたき台」、以下この表現を使う)は、「静かな有事」として「少子化」の速度の速さに危機感を募らせている。なぜなら、政府予測より8年も先取りした事態が到来したからである。
30年近く少子化研究を続けてきた経験から、これまでの数多い政府試案は少子化対策とは何かが明瞭ではなかったと指摘できる。たとえば、2015年の「新たな少子化社会対策大綱の策定と推進」でも、肝心の少子化対策の定義や目標が示されず、政策メニューばかりが並べられていた。
重点解題の政策メニュー具体的には、重点課題として
(1)結婚や子育てしやすい環境となるよう、社会全体を見直し、これまで以上に対策を充実 (2)個々人が結婚や子供についての希望を実現できる社会をつくる (3)結婚、妊娠、出産、子育ての各段階に応じた切れ目のない取組をする (4)今後5年間を「集中取組期間と位置づけ、5つの重点課題を設定し、政策を効果的かつ集中的に投入 (5)長期展望に立って、子供への資源配分を大胆に拡充する
が挙げられていた(『令和元年版 少子化社会対策白書』:58)。
白書のどこにも「少子化対策とは何か」や「少子化対策の目指す方向は何か」が、はっきりとは記されていない。
判然としにくい「社会全体」具体的に言えば、(1)では各人各様の「結婚や子育てしやすい環境」のイメージがつかめないし、「社会全体」も気分だけで使われていて、無内容なままである注4)。子育てする者とそれをしない者、子育て最中の者とそれを終えた者はすべて社会全体に含まれるのかどうかが判然としなかった。
同時に「個々人が結婚や子供についての希望を実現できる社会」もつかみどころがない。たとえば男性・大卒・30歳代・会社員と女性・大卒・30歳代・会社員の両者でも、「希望」が同じとは限らない。ましてや学歴が違い、年齢差があり、雇用形態が異なれば、「希望」はますます一つには収斂しにくくなる。
恣意的な解釈を許すとりわけ(5)「子供への資源配分を大胆に拡充する」が、長年にわたり少子化対策の逆機能化を進めた。なぜなら、政策予算での「大胆な拡充」を各省庁が「大胆」に勝手な解釈をして、国民の常識からすると「少子化対策」からは逸脱したような政策にまで、多額の予算がつけられた30年が続いてきたからである。
この「大胆な拡充」の伝統は今日まで認められるが、今回の「たたき台」では「少子化のトレンドを反転させることが少子化対策の目指すべき基本的方向である」と明記された。この簡単な文章こそ「異次元性」の通路になる。もちろんこれは政府の危機感の表れでもあろうが、30年間当然だとされてきた「通常次元」の見直しにも直結する。