ただ、政府とメディアが一番報道したかったことは、実は他にもあると思われる。逮捕者の一人がAf D(ドイツのための選択肢)の元議員なのだ。ドイツの全党が一丸になって、何年も前からAf Dを潰そうとあらゆる試みをしていることはすでに知られているが、それでも潰せないため、政府がこの荒療治に出たのではないかという疑いを持つのは、私だけではないだろう。

実際、「Die Zeit」紙は翌日すぐに、「Af Dと帝国市民は切り離せない」というタイトルの記事を載せ、CSU(キリスト教社会同盟)のゼーダー党首は、「これは民主主義にとっての真の危険だ。この運動と深く関わりを持つAf Dの役割について究明すべき」と言い、緑の党のミハリック議員団長は、「帝国臣民とその他の極右勢力による民主主義に対する脅迫」を強調した。狙いはやはりAf Dだ。

さらにいうなら、この日はもう一つ、ドイツ政府が是非とも国民の目を逸らせたかった出来事があった。実は、その3日前の朝、エリトリア出身の難民が、通学途上の13歳と14歳の女の子を襲い、ナイフでめった刺しにし、一人を殺し、もう一人に重症を負わせた。ドイツは現在、緑の党と社民党の政策のせいで、難民の数が収容能力を超えており、全国的に不穏なことになっている。つまり、この殺人事件ほど、政府にとって都合が悪いことはなかった。

しかも、この女の子は二人ともトルコ移民で、ドイツのトルコ人コミュニティはもちろん、トルコ本国でも悲惨な事件として大問題となっていた。ところがドイツでは、政府に忠実な公共メディアは、犯行当日以外、ほとんどこの事件を報道しなかった。

そして、8日はこの女の子のお葬式で、1000人以上のトルコ人が訪れ、悲惨な死を悼んだという。しかし、その夜の7時と8時の公共ニュースは、3000人捜査とAf D議員の逮捕を伝えるばかりで、女の子の葬儀はスルーした。この二つの出来事が重なったのは、はたして本当に偶然だったのだろうか。