というわけで、現代の銀行業界にとって融資とは守り抜きたい本業ではなく、他に収益性の高い事業を展開している企業なら他行に任せたいのが本音という分野になっているようです。
実際に、大手銀行はどんどん伝統的な国内向け融資分野を縮小し、投資、投資顧問、海外直接投資、海外企業への融資といった分野を拡大しています。
さらに、このグラフに出ているもう1本の折れ線、マネーマーケット投信によるリバースレポのFed総資産に占めるシェアが激増しているのも、大手に有利で中小には不利な状態なのです。
リバースレポとは金融機関にとって非常に有利な仕組みで、手元にある米国債をひと晩Fedに貸す(形式的には翌日買い戻すという条件付きで売る)だけで、翌日買い戻すときには日割り計算の金利分だけ安くなった価格で買い戻せるのです。
1日だけでは大した収入にならないとお考えかもしれませんが、現在Fedが翌日売り戻すためにリバースレポで買っている米国債の総額は総資産の約25%、実額にして2兆ドル強ですから、1日当たりでもバカにならず、毎日繰り返していれば大きな金利収入になります。
ただ、運転資金からなるべく高い金利を求める中小銀行はごく最近まで金利がゼロ%近辺に低迷していた米国債をあまり多く持っていないので、ここでも大手銀行のほうがはるかに有利になっているわけです。
大手優位は経済効率だけの問題ではない米国経済が運営している事業自体の効率性で勝負の決まる世界なら、優勝劣敗で大手がどんどん収益性の高い分野のシェアを広げ、中小が収益性の低い分野に押しこまれて資金繰りに苦しんでも仕方のないことだと思います。
ところが、ロビイングという名の贈収賄が合法的におこなわれているアメリカでは、ガリバー型寡占企業が現れると、その企業に都合のいいようにロビイングによって法律や規則が変えられていき、強者がますます弱者を圧迫する世界になっています。
その結果、ガリバー型寡占の存在する産業では、その企業のおかげで業界全体が高収益化する一方、不動産業や建設業のような地場産業で全国大手の存在しない業界では、慢性的に資金繰りに苦しみ、融資も中小銀行からしか得られない構造になっています。
ですから、破綻する銀行が中堅以下に限られているかぎり実体経済への影響は軽微だという考え方は間違っています。そのへんの事情をみごとに浮かび上がらせているのが、次の4枚組グラフです。
ご覧のとおり、リスクが大きい割にあまり儲からない商業用不動産開発向けの融資では、中堅以下の銀行によるローンが全体の約80%を占めているのです。
その商業用不動産市場では、ショッピングモール不況は2010年代からすでに始まっていて、コロナ対策のロックダウン以後、深刻さを増しています。
オフィス市場では、ロックダウンが終わってからも、在宅勤務比率が高止まりしていて、今は占有率が高くても、今度移転するときは規模を縮小した移転にすると計画している企業が多く、商業用不動産に貸しこんでしまった中小銀行は、まさに内憂外患という状態です。
また、預金の何パーセントを融資に使えているかを示す預貸率の考え方も、1980年代に比べれば様変わりしています。
当時は預貸率8割未満の銀行は経営が拙劣だと批判されたものですが、現代では預貸率が84%以上だと、目いっぱい貸しこみすぎて経営の自由度が低いと警戒されているようです。
融資が魅力を失った主な要因は?というわけで、冒頭でご覧いただいた銀行業界全体が2022年に記録した証券投資による莫大な損失額も、必ずしも「どんなに巨額の損を出しても、きっと政府が尻拭いしてくれる」という無責任なスタンスから生じたとばかりは言い切れないようです。
大手銀行に比べてかなり経験の浅い中小銀行による株式投資は、いわゆるFAAMNG+T(メタ、アップル、アマゾン、マイクロソフト、ネットフリックス、アルファベット、テスラ)中心の金太郎飴的なポートフォリオになりがちだったのでしょう。
これら花形銘柄が順調に値上がりしていた2021年までは良かったけれども、S&P500全体と比べてもこうした銘柄のほうが値下がり率が高かった2022年の相場では、無残な運用実績に終わったということかもしれません。
なぜそこまでして証券投資事業を拡大したかと言えば、最大の理由は重厚長大型製造業が経済全体を引っ張る時代は過ぎ、軽薄短小なサービス業が経済を引っ張る時代になって、大型融資案件が激減したことでしょう。
サービス主導の経済は、巨額の資金を必要とする大型設備投資によって勝負が決まる世界ではありません。上に列挙した花形企業の中でも、大型設備投資の業績寄与度が大きいのは、アマゾンとテスラの2社だけと言ってもいいでしょう。
ハイテク大手の時価総額が驚異的に膨らんだ2022年年頭の時点でも、ハイテク企業の設備投資総額は、業績も株式市場の評価もパッとしない素材産業の設備投資額に遠く及ばなかったのです。
と考えれば、すでに1980年代半ばから融資におけるシェアを中小銀行に譲りはじめていたアメリカの大手銀行は、時々大失態を演ずることはあっても、先見性を持った経営をしていたと考えていいでしょう。
いまだに融資中心の事業展開をしている中堅以下の銀行で深刻なカネつまりが生じていることは確実です。
上のグラフタイトルにある優遇信用(Primary Credit)というのは、昔は割引窓口(Discount Window)と呼ばれていた、財務的に逼迫した金融機関へのFedによる緊急融資のことです。
利用する金融機関から「割引窓口を使ったというだけで、経営不安のうわさが出るので、なんとかしてくれ」と言われて看板だけを付け替えたのです。
利用額が、3月15日の週から22日の週にかけて倍増近い伸びになっているのが不気味です。また、この最新の速報値に近い実績が出れば、国際金融危機のピーク時より約4割利用額が多くなっていることになります。これも、今回の金融危機の根の深さを示唆しています。
大戦争もなかったのに、マネーサプライが減少?つい最近、第二次世界大戦以降のアメリカ経済では一度も起きていなかったことが起きていたことが判明しました。2022年のマネーサプライM2の伸び率が低下するのではなく、マネーサプライ自体がマイナス2%と減少に転じたのです。
これまでのアメリカ経済のパターンとしては、まず戦争特需で急拡大したマネーサプライの伸びをそのまま平時にも維持していたことが出発点となっていました。
生産力の増強が追いつかないほどの量の貨幣が出回っていたのでインフレ率が高まり、あらゆるモノの価格が一般大衆の手の届かないところまで高騰しました。
その結果、売れ行き不振、大量解雇、倒産の激増でマネーサプライも縮小し、失業率も2ケタに達するという状態に追いこまれたのです。
1870年代不況は、イギリスなどヨーロッパ諸国の農業不況の影響もありましたが、アメリカ国民の命と資産を奪うことにかけてはどの対外戦争より被害の大きかった南北戦争という内戦からの復興需要が一巡して、収縮に転じたことがきっかけとなっています。
1893年には当時独立王国だったハワイで、外国人として居留していたアメリカ人が王政打倒のクーデターを起こし、いったん共和国としての独立を承認して、のちにアメリカ統治下に置くといった一連の事件が起きています。
アメリカが大戦争に取り組んだ場合の特徴として、独立直後の米英戦争以外では外敵の侵入による生産設備などの被害は皆無に近かったことがあります。