どうやらアメリカの銀行業界は「ギャンブルをして成功すれば儲けは自分のもの、損が出れば政府に救済してもらえる」という虫のいい教訓を学んでしまったらしく、アメリカ株が順調に上がりつづけていくうちにどんどん賭け金を積み増ししていたようです。

2021年の春ごろから、真剣に量的緩和(金融業界への現金ばら撒き)を止め、フェデラルファンド金利も引き上げて、インフレ退治に取り組んでいたはずのアメリカの中央銀行、連邦準備制度(FRBまたはFed)も予定外の総資産の増加を余儀なくされました。

ご覧のとおり、Fedは去年の4月中旬には8兆9700億ドル(約1170兆円)まで膨れ上がっていた総資産を今年の3月上旬には8兆3400億ドルまで圧縮してきました。

上段のグラフでは、国際金融危機以降、とりわけコロナ騒動以降の伸び方がすさまじいので約6300億ドルの圧縮はあまり大きな変化に見えません。でも、日本円に直せば80兆円強ですから、かなり大きな変化だったのです。

ところが、Fedの総資産はその翌週には8兆6400億ドルに増えていました。ほぼ3000億ドル(40兆円弱)増えたわけです。下段のグラフは、約11ヵ月かけた資産圧縮の成果が、たった1週間でほぼ半減してしまったことを示しています。

1国の中央銀行にとって、手元にある自国通貨が増えるのは債務を回収しているのであって、資産の増加ではありません。中央銀行にとって資産の増加とは、現金を払い出して民間から国債や担保付証券などを買ってやるか、借りて(一時預かりして)やることを意味します。

つまり、これまで収縮していた市中に出回っている現金の量が確実に増えているわけです。そこから「Fedはせっかくのインフレ退治路線を諦めてしまった。これでインフレが再燃するだろう」とお考えの金融業界関係者もいらっしゃるようです。

ただ、インフレ再燃論は今後Fedが直面するであろう難局について、どちらかと言えば楽観的な見方だろうと、私は思っています。

自己資本の数倍から数十倍にのぼるカネを借りられるし、実際に借りて運用している大手金融機関にとって、借りたカネの元利返済負担は元の値段のままなのに、その実質価値はどんどん目減りしていくインフレは、よっぽど急激にならないかぎり、歓迎すべき状態です。

逆に、金融機関にとっては借りたカネの元利返済負担は元のままなのに、あらゆるものの値段が下がってカネの実質価値が上がるデフレこそ恐れるべき状態なのです。名目的には元のままの元利返済負担が、実質では時が経つにつれて膨らんでいくからです。

私は、金融業界にとっていちばん怖いデフレにつながるカネ詰まり状態が、今起きはじめていると見ています。

こんなに違う大手銀と中小銀の資金繰り環境

次のグラフと表の組み合わせは、ほとんどの方が想像もしていなかったであろう金融業界の実情を端的に示しています。

日本のバブル崩壊よりも前、アメリカでブラックマンデーと呼ばれた株価大暴落が起きた1987年よりも前から、銀行業界全体の融資総額に占める大手銀行のシェアが減少し、中小銀行のシェアが増加しつづけているのです。

1986年の時点では大手83%対中小17%だったのが、2022年には大手60%対中小40%ぐらいに接近しています。とくに、ハイテクバブルが膨らみはじめた1996年前後から、シェアの接近に加速がついています。

「銀行とは客から預かった預金に金利を払いながら、もっと高い利回りをあげられる融資で運用して、利ザヤを稼ぐことを本業とする金融機関である」という定義が今も通用するなら、1980年代半ば以降中小銀行は本業でどんどん大手のシェアを奪っているのでしょうか。

じゃぶじゃぶの量的緩和のまっただ中ではそう見えましたが、預金金利もゼロに近い反面、融資で得られる金利収入も微々たるものという薄利多売的なシェア拡大でした。

そして、Fedが本格的な引き締めに転ずるや否や、このやや無理のあるシェア拡大の咎めが出てきました。

下段表にある総資産に占める現金比率にそれが表れています。2021年第4四半期から2022年第3四半期までの3四半期間で、大手の現金比率は2~3パーセンテージポイント下がっただけなのに、中小の現金比率はほぼ半減しているのです。

いくつかの理由が考えられます。

返済計画の繰延べもふくめて、すでにおこなっていた融資からの元利返済金額が新規融資に回す金額に比べてかなり低いので、手元現金が急激に減っている。一時的に資金繰りがむずかしくなった融資先に、健全経営に戻るまでのつなぎ資金を追い貸ししている。

どちらにしても銀行としては、経営の自由度をかなり損ねた状態にすでに入っていると考えられます。次のグラフも、同じ傾向を示しています。

前の表の上から2段を中小銀行、下の2段を大手銀行とまとめて、現金準備の推移を2018年から追ったグラフです。

量的緩和にコロナ騒動直後の一時金支給などが重なった時期には、中小銀行も大手と同様の現金準備比率上昇を経験したのですが、Fedが引き締めに転じてからほぼ1年で中小銀行は拡大した現金準備をすっかり使い尽くしたようです。

一方、コロナ騒動直前にはほとんど中小銀行並みに現金準備が低下していた大手銀行は、コロナ対策でばら撒かれた資金を現金準備の積み増しに使っただけではなく、その後Fedが引き締めに転じてからも、安定して10%台の現金準備を保っています。