このような状況の九州電力に対して、水面下で経営陣の人事に介入する動きを見せていたのが、当時経産省資源エネルギー庁次長だった今井尚也氏だった。今井氏は、その後発足した第二次安倍政権で内閣総理大臣秘書官、補佐官を務め、内政から外交にまで暗躍した影響力から「影の総理」とまで言われることになる「大物経産官僚」だった。

今井氏は、当時、私にコンプライアンス講演の依頼をしてきたことで面識があったった企業経営者を通じて、九州電力経営陣との対立を続けていた元第三者委員会委員長の私に接触してきた。私の意見に賛同するかのような言い方で、九州電力社長らを批判し、「早急に辞任させるべきだ」と言っていた。その後、今井氏は、携帯電話で、九州電力の会長、社長を辞任させるべく動いていることを私に連絡してきていた。

翌2012年1月12日に開かれた臨時株主総会で、松尾会長、真部社長の同年3月末での辞任が決定された。この会長、社長辞任の話も、今井氏は事前に私に伝えてきていた。表面的には、今井氏は、第三者委員会の委員長だった私に同調する姿勢を見せて、その意見に沿って、九州電力の会長、社長に責任を取らせたように思わせていたが、今井氏は、上記のような「やらせメール事件の問題の本質」の指摘に賛同して、そのような動きをしていたとは思えない。今井氏と最初に会って会食した際、私の九州電力経営陣批判に大きく頷き、同調しながらも、ふと漏らしたのが

「そういう会長、社長のままでは原発は動かない」

という言葉だった。今井氏の「本音」は、九州電力が「やらせメール問題」による混乱を続けていたのでは、全国の原発再稼働が進まないと考え、監督官庁のエネ庁からの圧力で九州電力の会長・社長を辞任させ「早期幕引き」を図ることにあったものと思われる。

前述したとおり、原発事故が発生した際の損害賠償責任がすべて原発事業者に集中する原賠法の「異常な法的枠組み」の下で、原発を設置し稼働させるという電力会社経営者の判断は、会社のガバナンスとしてはあり得ないものだった。「原発安全神話」を妄信する「ガバナンス不在」の状態が続いていたからこそ、そのような判断が可能だった。

そして、そのような「原発安全神話」を前提に、原発を稼働させることを至上命題として行われてきたのが、「電力会社と原発立地自治体の首長や有力者と不透明な関係を結び、原発立地地域に利益を供与したりして懐柔する」やり方を中心とする「理解促進活動」だった。

福島原発事故で「原発安全神話」が崩壊した以上、それまでのようなやり方を全面的に改め、原発立地地域の自治体などとの関係も透明にしていくことが不可欠であり、それが、本来、福島原発事故後の原発再稼働の条件とされるべきだった。

しかし、監督官庁の経産省のエネ庁次長の今井氏の介入もあって、会長・社長の辞任で事件の幕引きが図られた。そのような問題の本質が、全国の電力会社の経営者に理解され、それを根本から是正しようとする動きにつながることがないまま、電力会社各社は、原発再稼働に向けて動いていった。

関西電力幹部の金品授受問題

2019年の9月末、関西電力の八木誠会長や岩根茂樹社長を含む同社幹部ら6人が2017年までの7年間に、関電高浜原子力発電所が立地する福井県高浜町の元助役の男性から、計約3億2千万円の資金を受け取っていた事実が明らかになった。関西電力高浜原発の工事受注に絡んで、地元の有力者に巨額の金がわたり、その一部が、電力会社の会長・社長を含む幹部に還流していたという問題だっだ。

原発事業者の電力会社と原発立地自治体の有力者との不透明な関係が、原発立地地域への利益供与だけではなく、その反対の電力会社幹部への利益供与まで行われていたという「衝撃的な事実」だった。

関西電力では、福島原発事故後に「原発安全神話」が崩壊した後も、「電力会社と原発立地自治体の首長や有力者と不透明な関係を結び、原発立地地域に利益を供与したりして懐柔する」やり方を変えていなかった。元助役による電力会社幹部への金品供与は、福島原発事故後に、一層露骨なものになっていった。

「原発安全神話」を前提とする「ガバナンス不在」の状況で原発事業を続けてきたことが「電力会社史上最悪の不祥事」につながったのが、この関西電力の金品授受問題だった。

電力会社間の事業者向け電力カルテル事件

そして、2022年12月、事業者向けの電力の販売をめぐり、中国電力と中部電力、九州電力など大手電力会社がカルテルを結んでいたとして、公正取引委員会が総額で1000億円余りの課徴金納付命令と排除命令の事前通知を発出したことが明らかになった。公正取引委員会は2021年4月から各社に立入検査に入り、調査を続けていた。

この事件は、まだ事前通知の段階で、公取委の正式の公表がないので、正確な事実は不明だが、NHKニュース(2022.12.2)によると、2016年に電力の小売りが全面自由化されたあと、関西電力がほかの電力会社の管内で営業を本格化させ、競争が始まったのをきっかけに、各社の間で協議が行われ、2018年ごろからカルテルが結ばれた疑いがあるとのことである。

この報道のとおり、関西電力の「事業者向けの電力販売」という主要な事業分野の営業方針として、他の電力会社管内での営業を本格化させ、その後のカルテル合意に至ったとすると、そのような方針の決定に経営陣が関わっていないとは考えにくい。

それらが、2016年から2018年にかけての時期だとすると、まさに、高浜原発に関して、高浜町の元助役から電力会社幹部への金品供与が露骨なものとなり、同助役が関わる企業に原発関連の発注が行われていた時期である。このカルテル事件も、関西電力という電力会社の「ガバナンス不在」そのものに関わる問題と考えられる。

関西電力は、調査が始まる前に違反行為を最初に自主申告したため、「課徴金減免制度」により、課徴金は免除されるなど、公取委の行政処分の対象から除外される可能性が高いが、仮にそうなったとしても、関西電力がどのような経緯で、他の電力会社管内での営業を本格化させ、その後のカルテル合意に至ったのかという点は、原発事業を営む電力会社のガバナンス問題として徹底解明する必要があることは言うまでもない。