「原賠法の枠組み」の根本的な問題
科学技術庁の説明によれば、前記の最大約3兆7,000億円という損害の試算は「結果的にはこの法案には直接反映しなかった」とのことである。
通常の経営判断・合理的判断で考えれば、無限責任を負わされ、国の責任はあいまいで、理不尽な規定もある原賠法の下で、莫大な被害が想定される原子力事業に参入し、原子力事業者になろうと手を挙げる民間電力会社など、ないはずだ。
しかし、沖縄電力を除く全国の電力会社が原発を作り、原子力事業者になった。
このような莫大な損害について「無限責任」を負うことを前提に原発事業を行うというのは、「原発事故が発生する可能性はない」という「原発安全神話」を前提にしない限り、私企業の経営者として行い得る判断ではない。しかし、電力各社は、横並びで原発事業に参入した。万が一、法の想定しない莫大な被害が発生した場合には、「国が助けてくれるだろう」と期待し、それ以上のことは考えなかったのであろう。
それは、独立した私企業としての株式会社の経営者の判断としては、あり得ないものであり、客観的に見れば、そのような重大なリスクを伴う原発事業に参入したこと自体が、取締役としての善管注意義務反であり、それを敢えて行う電力会社には「自律的なガバナンス」は存在しなかっと言わざるを得ない。
全国の電力会社経営者は、国策にしたがい、原発事業への参入を決断し、「原発安全神話」を妄信し、原発事故のリスクには目を背ける姿勢で原発事業を運営してきたのである。
そして、東日本大震災に伴う大津波によって福島原発事故が発生、原発周辺の住民に深刻な被害を発生させた。そして、最終的に、その責任追及の矛先が向かったのが、福島第一原発の運営に関わった東電経営陣個人であり、その場となったのが株主代表訴訟だった。
会社法上の「善管注意義務違反」という会社経営者として任務懈怠の責任を問われた結果、合計13兆円という、年収合計の数万年分という異常な金額の損害賠償を命じたのが「7月13日東京地裁判決」だった。
「13兆円賠償命令」判決の必然性株式会社は営利を目的としており、会社に利益をもたらすような経営をするのが取締役の善管注意義務の中心的な内容であり、会社に損失を与えないよう「善良な管理者の注意義務」を尽くさなければならない。それに反すれば、任務懈怠による損害賠償責任を負う。
事故に関係する東電幹部4人の善管注意義務違反による損害賠償責任を認めた判決の論旨は、誠に明快だった。
まず、原子力事業者である東京電力の取締役の善管注意義務について、一般論として、
「原子力事業者である東京電力の取締役であった被告らが、最新の科学的、専門技術的知見に基づく予見対象津波により福島第一原発の安全性が損なわれ、これにより周辺環境に放射性物質が大量放出される過酷事故が発生するおそれがあることを認識し、又は認識し得た場合において、当該予見対象津波による過酷事故を防止するために必要な措置を講ずるよう指示等をしなかったと評価できるときには、当該不作為が会社に向けられた具体的な法令の違反に該当するか否かを問うまでもなく、東京電力に対し、取締役としての善管注意義務に違反する任務懈怠があったものと認められるということになる」
という前提を示した上、阪神大震災の教訓から、地震の研究成果を社会に発信するために発足した地震調査委員会が、2002年7月31日に公表した「長期評価」(長期的な地震予測)の見解について、
「単に一研究者の論文等において示された知見にとどまらず、津波の予測に関する検討をする公的な機関や会議体において、その分野における研究実績を相当程度有している研究者や専門家の相当数によって、真摯な検討がされて、その取りまとめが行われた場合であって、一定のオーソライズがされた相応の科学的信頼性を有する知見であった」
として、
「相応の科学的信頼性を有する知見として、原子力発電所を設置、運転する会社の取締役において、当該知見に基づく津波対策を講ずることを義務付けられるものということができる」
と評価して、津波の予見可能性を肯定している。
そして、
「原子力発電所の安全性や健全性に関する評価及び判断は、その前提とする自然事象に関する評価及び判断も含め、極めて高度の専門的・技術的事項にわたる点が多いから、原子力発電所を設置、運転する会社の取締役としては、会社内外の専門家や専門機関の評価ないし判断が著しく不合理といえるような場合でない限り、これに依拠することができ、また、そうすることが相当というべき」
とした上、
「何らの津波対策に着手することなく放置する本件不作為の判断は、相応の科学的信頼性を有する長期評価の見解及び明治三陸試計算結果を踏まえた津波への安全対策を何ら行わず、津波対策の先送りをしたものと評価すべきであり、著しく不合理であって許されるものではない。」
などとして、4人それぞれの任務懈怠の時点から津波の襲来時までに水密化措置を講じれば事故も回避可能であったとして、会社の損害と任務懈怠との因果関係も認めた。
歴代の電力会社経営者による「リスクの継承」原子力事業者である電力会社だけに責任を集中させ、製造メーカーへの求償すら認めないという、原賠法による、あまりに原子力事業者にとって不利な法制度の下で原発事業を行うということは、会社にとって巨大なリスクを伴うもので、その事業実施の決定自体が、電力会社の取締役にとって善管注意義務違反に近いものであったが、当時の電力会社経営者は、原発事業への参入の決定を行い、それが歴代の電力会社経営者に継承されてきた。