原賠法による損害賠償責任の特異性
原賠法が定める日本における原子力損害の賠償責任は、「無過失責任」とされている。原子力事業者側は、そもそもそのような危険な施設を設置し、事業を行うことで巨額の利益を得ているのであるから、危険なものを管理する者は、過失がないとしても、そこから生じた損害に対して責任を負うべき、という「危険責任」の考え方や、被害者からの賠償請求を容易にする「被害者保護」の観点から、原賠法は、被害者が加害者に故意又は過失があったことを立証する義務を不要としている。
このような原子力損害についての「無過失責任」は、発電所を持つ諸外国においても一般的に採用されている。
原賠法は、「異常に巨大な天災地変又は社会的動乱」による場合には賠償責任を負わない規定を設けている。しかし、法的にみても、「異常に巨大な天災地変又は社会的動乱」との文言からして、単なる不可抗力は想定しておらず、戦争などに比べても「想像を絶するような事態」「超不可抗力」だと解釈できる。東日本大震災と、それに伴う津波のレベルであれば、上記の規定が適用される余地はない。
原賠法には、とくに原子力事業者の責任制限、金額の上限等についての規定がなく、他の一般的な法律同様、原子力事業者は無限に責任を負うものと理解されている。
原発事故について、このような「無限責任制」を採用する国は、他にドイツやスイスなど極めて少数であり、アメリカをはじめ、他の多くの国の原賠法制度では、原子力事業者の賠償責任に一定の限度を設けていて、世界的には、有限責任が基本的な原則の一つとされている。
「無限責任」を負うことが、万が一原発事故が発生した際に、どれだけの金額に上るのか。原賠法制定の2年前の1959年に、科学技術庁が社団法人日本原子力産業会議に委託して行った調査の報告書が存在する(「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害額に関する試算」)。これによれば、当時の貨幣価値で最大約3兆7,000億円の損害が発生するとの試算が出されている。当時の国家予算の2倍以上という莫大な金額だ。
このように厳格な「無限責任」を負わされる原子力事業者は、万が一原発事故が発生して損害が発生した場合、「莫大な責任」を負うことになるので、その履行の担保が必要となる。そこで、原賠法及び補償契約法では、「民間保険契約」と「政府補償契約」の締結を義務付けており、これらの損害賠償措置を講じていなければ原子炉の運転等を行ってはならないと規定している。
民間保険契約は一般的な事故をカバーするのに対し、政府補償契約は民間保険契約では補償されない部分(地震、噴火、津波等)を対象としていて、万一事故が発生した場合、いずれか一方から一事業所あたり最大1,200億円(法制定当時は50億円だった。)が支払われる仕組みになっている。
しかし、賠償措置額は、法制定時で50億円、現在でもわずか1200億円であり、試算された被害想定額と比較してあまりにも少額であり、それを超える金額については、原子力事業者が自ら支払う義務が残る。しかし、その履行の確保について、原賠法は、何の仕組みも設けていない。
原子力事業者への責任集中及び求償権の制限原賠法は、原子力事業者以外の者は一切の責任を負わないとする「原子力事業者への責任集中」を規定し、原子力損害については製造物責任法等を適用除外とすることとし、賠償責任を負った原子力事業者は、他に自然人の「故意」により損害が発生した場合にのみ求償権を有することとしている。メーカーや工事会社等の原発関連事業者は、原子力損害についての損害賠償責任を基本的に負わない仕組みとなっている。
製造物責任の考え方でいけば、本来は、製造物の生産で利益を得ているメーカーは、製造物に「欠陥」があり、「欠陥」のある原発プラントを設置した場合には、原発メーカーが「無過失責任」を負うことになるはずだ。ところが、原賠法は、メーカー等のこうした重い責任を免除し、原子力事業者にのみ責任が集中する仕組みを採用した。
その理由については、
① 被害者が賠償請求の相手方を容易に特定できること
② メーカーや工事会社等の原発関連事業者を被害者の賠償責任との関係で免責することにより、民間企業が巨額の賠償責任を負うことを恐れて参入しなくなる事態を避け、原子力産業を健全に育成し、原発資材供給等の取引を容易にすること