このように、裁判所の判断とそれに対する評価が大きく分かれたのはなぜなのか。その原因については、これまで殆ど報じられて来なかった。

株主代表訴訟は、「会社のための訴訟」であり、取締役と会社の間の内部的な問題なので、勝訴しても賠償金は会社に対してのみ支払われる。賠償金の支払を受ける東京電力は、リスクの高い事業によって収益を上げ、その恩恵にあずかってきた立場である。被害者が加害者の法的任追及をする「本来の手段」とは言い難い。被害者にとって「一銭の得」にもならず、単に、東電経営者に膨大な金銭的損失を負わせることで、処罰感情を満足させる意味しかない。

しかし、一見「筋違い」にも思える訴訟で、訴訟大国アメリカでも類を見ない、もちろん日本でも前例のない、異常な金額の賠償を命じる判決が出された。それは、日本の原子力損害賠償法(以下、「原賠法」)の枠組みの構造的欠陥と、それに起因する原子力事業における電力会社の「ガバナンス不在」の現実を反映したものだった。

原発をめぐる政府の方針転換

2011年の東京電力福島第一原発の事故以来、歴代首相は原発の新増設を認めず、電力発電に占める原発依存度は可能な限り低減させる政策を貫いてきた。ところが、岸田文雄首相は、ロシアのウクライナ侵攻で発生した石油や天然ガスの供給不安をエネルギー危機と捉え、

「原子力規制委員会による設置許可審査を経たものの、稼働していない7基の原子力発電プラントの再稼働へ向け、国が前面に立つ。」

「既設原子力発電プラントを最大限活用するため、稼働期間の延長を検討する」

「新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発/建設を検討する」

などの方針を打ち出している。

しかし、福島原発事故までの原発事業は、実際には、原子力事業者だけに責任を押し付ける原賠法の異常な枠組みの下、各電力会社は、「原発安全神話」を前提に、「いざとなったら国が助けてくれる」という全く自律性を欠いたガバナンスによって運営され、それが多くの重大な不祥事の原因にもなってきた。

今回、民事の損害賠償命令として「異常な金額の賠償命令判決」が出されたのも、「原賠法の特異な法的枠組み」と、それに起因する電力会社の「ガバナンス不在」が原因で、福島原発後も、重大な電力会社不祥事が相次いでいる。岸田政権がそのような現実に全く目を向けることなく、日本の原発政策の大きな転換を行うとしていることには重大な問題がある。