「寄り添う」だけでは解決しない

この観点から、第四として『全世代社会保障』の表現についてもコメントをしておきたい。

まず数か所で使用された「寄り添いながら支援する」(:6)、「伴走型相談支援」(:10)、「伴走支援する」(:23)、「一人ひとりに寄り添う支援」(:23)にはそれにふさわしい専門家の増員が前提となるが、その財源や育成プランも「充実を図る必要がある」だけで済ませていいのか。

同時に現在の「行政改革」=「定員削減」公式に「伴走者の増員」を明記できるのか注8)。ここでも、個別の伴走的支援を充実すればするほど、社会的には増員が求められるというジレンマが顕在化する。

難問の「世代間・世代内における公平性の確保」

最後に、「世代間・世代内における公平性の確保」(:17)についての問題をどのように解決するか。「給付と負担のバランスを含めた不断の見直しを図るべき」(:17)というだけでは実行性に欠けて、前には進めない。

世代内にも世代間にもさまざまな格差が現存しているから、「給付は高齢世代、負担は現役世代」という従来型のシステムを転換するだけでは不十分である。というのも、現在の高齢世代もまた、過去40年間の時代環境のなかでそれぞれの立場の「負担」をしてきたからである。その「負担」には税や社会保障関連の公的負担だけではなく、子ども育成のための直接的な私的負担も含まれている。

学習費の増加

2021年度の文科省による「学習費」調査(2022年12月21日発表)によれば、学習費の1年間平均は、公立小の35万2566円(前回2018年度32万1281円)、私立小の166万6949円(同159万8691円)、公立中の53万8799円(同48万8397円)、私立中の143万6353円(同140万6433円)、私立高の105万4444円(同96万9911円)が過去最多になった。

子育て世帯はこのような個人負担をしているが、同じ年齢でも子どもがいなければ、ゼロになる。このような「学習費」を高校卒業まで直接に自己負担した世代とそうでない世代間において、どのような実効性に富む「公平性」が想定できるのか。

また「世代間公平性」は、このような子育て経験世代が多い「高齢世代」と単身者が増大している「現役世代」との間でも、問い直される時代になってきた。その意味でも、「世代論」を軸にした「改革の工程表」もまた緊急に求められる。

注1)合わせて、国葬問題、旧統一教会問題、サッカーのワールドカップ、政治とカネなどが並行したニュースになっていたので、議論すべき優先順位に戸惑う国民も多かったに違いない。

注2)具体的には金子(2022c)で詳述している。同時に言論界では、それぞれの立場からの「少子化対策」案が百花繚乱の状態にある。

注3)表現形式も6月刊行の2冊では、主語はおそらく首相ないしは内閣もしくは政府であり、「推進する」や「取り組む」という述語で締められている。しかし、『全世代社会保障』は構築会議が本部に提言するという趣旨なので、「必要がある」「すべきである」が、実に本文26ページで94か所も乱発されている。なお、ほぼ同じ意味の「望まれる」「求められる」「重要である」も多用されたが、この94か所には含めていない。

注4)社会保障や地域福祉関連そして少子化克服のための支え合いには、自助、互助、共助、公助、商助(民間企業による有償のサービス)の組合せを私は主張してきた(金子、1997;2016)。なお、最近では、金子(2022a)が詳しい。

注5)これについては「レギュラーワーク・ケア・コミュニティ・ライフ・バランス」(省略して、ワーク・ライフ・コミュニティ・バランス)を提起してきた(金子、2016:103)。

注6)30年前の北国では、冬道の運転には個人にとって安全と思われた「スパイクタイヤ」が普及していたが、その「スパイク」が路面を削り、粉塵を空気中にまき散らす公害が発生して、社会全体に大きな被害が出た事例がある。

注7)日本語の「ジレンマ」では、二つの厄介な事柄のうちどちらかを選択することが難しい状況を指すことが多い。

注8)行政改革は単なる定員削減ではないという説明は、金子(2022b、第5章)に詳しい。

【参照文献】

Comte,A,1830-1842,Cours de philosophie positive,6tomes,=1911 Résumé par Rigolage, É (=1928 石川三四郎訳『実証哲学 世界大思想全集26』(下)春秋社). 金子勇,1997,『地域福祉社会学』ミネルヴァ書房. 金子勇,2016,『日本の子育て共同参画社会』ミネルヴァ書房. 金子勇,2022a,「政治家の基礎力(情熱・見識・責任感)⑥:家族と支援」(アゴラ言論プラットフォーム5月30日). 金子勇,2022b,『児童虐待という病理』22世紀アート(電子ブック). 金子勇,2022c,「『人口変容社会』の未来共有」(アゴラ言論プラットフォーム12月8日). Kotlikoff,L.J.,1992,Generational Accounting,The Free Press.(=1993 香西泰監訳 『世代の経済学』日本経済新聞社). Kotlikoff,L.J.and Burns,S.,2004,The Coming Generational Storm,The MIT Press.(=2005 中川治子訳 『破産する未来』日本経済新聞社). Mandeville,B.,1714=1924,The Fable of the Bees:or Private Vices,Public Benefits. Oxford University Press.(=1985 泉谷治訳 『蜂の寓話—私悪すなわち公益』法政大学出版局). Mannheim,K.,1928,“Das Problem der Generationen,”Kölner Vierteljahrshefte für Soziologie,7 Jahrg.Heft2.~3.(=1976 鈴木広訳「世代の問題」樺俊雄監修『マンハイム全集3 社会学の課題』潮出版社:147-232). 海野道郎,2021,『社会的ジレンマ』ミネルヴァ書房. 渡辺正,2022,『「気候変動・脱炭素」14のウソ』丸善出版. Weber,M.,1922, “Soziologische Grundbegriffe”,in Wirtschaft und Gesellschaft, Tübingen,J.C.B.Mohr.(=1972 清水幾太郎訳『社会学の根本概念』岩波書店).