日本は円高でこそ潤う国です
まず、日本は多くの資源や農産物を輸入しなければならない国なので、円安は国民全体に被害を及ぼします。
一方、円高が輸出産業に不利かどうかは、特定の企業がどの程度発想のユニークさや技術力で競争力を発揮できるかによります。
過去の実績を見ると、むしろ円高が進んでいた頃のほうが貿易収支も順調に黒字を維持していました。
このグラフでは米ドルの対円レートになっているので、上に行くほどドルが高く円が安くなっています。逆に下に行くほど円が高く、ドルが安くなります。
2007~09年の国際金融危機が起きるまでは、ほぼ正確に円高は貿易黒字を拡大し、円安は貿易黒字を縮小するパターンが続いていました。
「それは水準として米ドルが100円を割りこむまでの話であって、1ドル80~95円だった頃は慢性的に貿易赤字が続いたではないか」というご反論もあるでしょう。
ですが、私は2011~15年の貿易赤字は決して円高によるものではなく、まず国際金融危機後世界中で設備投資が急収縮した結果、日本が得意とする資本財・中間財の輸出が激減した上に、2011年の東日本大震災で関東・東北のサプライチェーンが大打撃を受けたためだと思っています。
最近、ちょっとエネルギー価格が上振れしただけでもすぐ貿易赤字に陥るようになりました。それどころか、貿易赤字が定着して、その赤字を所得収支(海外からの金利・配当収入マイナス海外への金利・配当支出)で埋め合わせて経常黒字を保つ方向に向かっています。
所得収支の黒字の恩恵は貿易収支の黒字ほど広い範囲に行き渡らないため、所得や資産の格差を拡大する懸念があります。
そもそも円安であらゆる輸入品が割高になっている上に、エネルギー資源の国際市況が高くなると、とうてい割安の円で稼いだ分ではエネルギー資源購入費の増加分を補いきれないからこういう状態になっているのです。
金利生活者だけに有利な世の中はごめんだ実質貿易収支という概念があります。もし、ある国の輸出品も輸入品もまったく価格が変わらなかったとしたら、その国の貿易品の数量が示す貿易収支はどうなっていただろうかという思考実験です。
日本の場合、次のグラフがこの思考実験の結果を示しています。
1ドルが116円より円高になると、ほとんど実質貿易収支は黒字です。逆に116円より円安になると実質貿易収支は赤字が多くなります。この傾向は、さまざまな特殊要因が重なった2008~14年でもほぼ貫徹していました。
私の持論は「製造業主導の経済は終わった。これからはサービス業が経済全体を牽引する」ということですが、製造業に属する企業は全部衰退するとか、衰退すべきだと言っているわけではありません。
脇役とは言え、どうしても必要なエネルギー・金属資源や農産物を買うための外資を稼いでくれる強い製造業を抑制する必要はまったくないどころか、消えてもらっては困ります。
私が主張したいのは、円安政策は弱い製造業者を生き延びさせるだけで、強い製造業者を育ててくれるわけではないということです。
また、サービス業主導といっても、羽振りがいいのは金利・配当生活者だけという世の中はまっぴらです。イギリスもアメリカも、どんどんその方向に傾斜していますが。そして、物価より金利を見て通貨価値が変動するような世界は、いずれそうなります。
幸い、任期終了間近の黒田日銀総裁は、イールドカーブコントロールの上下限を、これまでの±0.25%から±0.5%に拡大しました。これで、延々と続けて着た円安政策の罪が消えるわけではありませんが、少なくとも円高定着に向けての第1歩になったことは間違いありません。