ひとつは、資本金規模で10億円以上になる日本の大企業はもともと労働分配率が低かった上に、近年ますます労働分配率を下げている傾向があることです。

もうひとつは、日本で労働分配率が上がるのは、2007~09年の国際金融危機のように世界的な不況で企業が軒並み想定していたよりはるかに低い利益しかあげられなかったときだけといってもいいほど、日本の勤労者は不利な立場にいるという事実です。

その点に関連して、上のグラフでは2020~21年の世界的なコロナ危機でも、企業は想定どおりの利益を得られずに、労働分配率の上昇を招くだろうと推測されていました。

ところが、蓋を開けてみるとかなり深刻な需要減少に見舞われたにもかかわらず、企業は高い利益率を守り、労働分配率はますます低下してしまったのです。

資本金規模10億円未満の企業の労働分配率は全部60~68%のレンジの中にいるのに、資本金10億円以上の企業の労働分配率は2016年のピークでさえ47%で、直近ではわずか34%まで下がっています。

産業分野別の労働分配率の推移に目を転じると、慢性的に労働分配率が低いのが情報通信分野で、最近円安基調が定着してから急激に労働分配率が下がっているのが製造業だとわかります。

さて、資本金規模の大きさと製造業を組み合わせると、皆さんにはどんな企業の姿が浮かんでくるでしょうか。

そうです。輸出の花形企業です。日本の製造業が輸出で勝負しているのは、価格競争力がものを言う日用消費財などでははなく、裁量型の消費財や中間財、資本財などの価格より品質や独自技術でニッチを築いている分野です。

そういう分野では多少高くても売れ行きが落ちることもありませんが、価格を下げたからといって売れ行きが激増することもありません。

日本の大手輸出企業は、円安になっても円の価値が目減りした分だけ輸出先の現地価格を下げることはめったにありません。現地価格では据え置き、日本円にすれば円の目減り分だけ値上げをしてほぼ同じ数量の製品を売りさばきます。

コストは日本円で計算し、価格は現地価格を維持し、円に換算すれば上がった価格で売りさばくので、それだけ日本円で勘定する利益率が上がるわけです。

反面、勤労者には日本円が目減りした分だけ賃金給与がカサ上げされるわけではなく、円ベースでの付加価値増加分は全部企業利益に吸い取られてしまいます。

その際、勤労者側の損得勘定は円安になる前と同じかというと、そうではありません。日本はエネルギー・金属資源のほぼ全部と、農産物のかなりの量を輸入しなければ日常生活が成り立たない国です。

円安になれば、確実に輸入品の物価は上がり、その分だけ同じ賃金・給与の実質価値は下がります。

今年の第4四半期(10~12月)の経常利益計画でも、自動車・同部品製造業が前年同期比31.5%増、情報通信機器製造業が25.7%増、鉄鋼業が17.3%増と華々しい予想を掲げています。

これは、日本国民全員が輸入品価格の上昇分だけ貧しくなるという犠牲の上に築かれた大幅増益なのです。ただ、企業経営者は株主に対してできるかぎり好収益を上げるという責務を負っているので、一概に責められません。

また、株式投資家の方々も、円安になればおなじみの輸出産業の花形企業に投資していれば、必ず株価は上がるということで円安大歓迎です。円高になれば、新しいスターを探さなければならないでしょう。

問題なのは、「日本は輸出立国であり、円高は輸出産業に脅威だ」という固定観念で恐ろしく長期にわたって不自然な超低金利にしがみついてまで、円安を促進し、維持しようとした政府・日銀の金融政策担当者です。