金融市場関係者は、同じものを買うのにいくらかかるかで通貨の価値を判断するより、どこの国の通貨を買えばより大きな金利収入を得られるかという発想をしがちです。

そうすると、物価の安定している国の通貨より、むしろインフレで物価がどんどん高くなり、通貨の価値は下落するはずの国の通貨を選びがちです。

なぜかというと、インフレ率が高い国で流通している債券の利回りは、物価が安定している国の債券利回りより高くなる傾向があるからです。

債券を買うと得られる利回りがインフレ率より低いと(もっと一般的にはカネを貸して得られる金利収入がインフレ率より低いと)元利合計がインフレによる価値の目減りを補えないので、だれも債券を買わず、カネを貸さないということになってしまいます。

そうすると借金や債券発行で得た資金で事業をしようとする企業や政府は困るので、インフレ率が高い国ほど金利も高めに設定され、その結果少しでも高い利回りを得ようと世界中を動き回っている投資用の資金がそこに集まり、その国の通貨が高くなるわけです。

ということは、インフレ率と金利がいたちごっこでどんどん高くなる国の通貨価値は上がってますます豊かになり、インフレ率も金利も低い国の通貨価値は下がってますます貧しくなってしまうのでしょうか?

そんなことはあり得ないと思います。カネを貸して金利を稼ぐ人にとっては、そうなれば万々歳でしょう。

ですが、金を借りて事業をする企業や政府には元利返済負担が重くなるばかりですし、一応賃金は上がるけれども物価上昇率には追いつかない勤労者の生活も苦しくなるばかりで、安定した経済運営はできないからです。

そんな国は、いずれ金を借りる側の事業者たち、金融市場よりふつうのモノやサービスの市場で金銭をやり取りする人たちが疲れ果てて破綻してしまうでしょう。

でも、インフレのきつい国のほうが実質所得が上がっていた

ところが、過去30年ほどはどうもそうなっていなかったようなのです。ふたつ目のご質問には、次のグラフが添えてありました。

このグラフは、民間企業の従業員が1時間当りいくらの賃金を稼げるかを、名目ではなく実質で表しています。実質とは消費者物価指数の上昇分を割り引いた上で上がっているか、下がっているかを見ているということです。

ご覧のとおり、日本は飛び抜けて実質賃金指数が低くなっています。他の7ヵ国は21年間で最低でも15%実質賃金が上がっていたのに、日本だけは実質賃金が20%強も下がっていました。

次のグラフでおわかりいただけるように、日本はここに取り上げた8ヵ国の中でいちばん物価が安定していた国です。

あまりにも日本のパフォーマンスが悪いので、ひょっとしたらこのグラフを作成した全労連はなるべく日本の賃金事情を悪く見せるために、他の国と定義の違う「毎月勤労統計調査」を使ったのかもしれないと思い、ちょっと時期がずれますが同じOECDのデータで比べてみました。

その結果は次のとおりです。

いくらか実質時給の目減りは小さくなりますが、他の7ヵ国に比べて圧倒的に低水準にとどまっているのは、同じです。

不可解な実質賃金の低下

この間、日本の労働生産性は上昇しています。次のグラフは名目ベースですが、日本の場合インフレ率がゼロ近辺にとどまっていた時期が長いので、この程度の穏やかな上昇でも、実質賃金を押し上げていて当然なはずなのです。

労働生産性は上がっているのに労賃は下落しているとすれば、その理由は個別企業の中でも、日本全体としても労働分配率が下がっているとしか考えられません。

労働分配率とは何かというと、企業が生み出した付加価値のうち、賃金給与を中心とする人件費に回る部分のことで、利益に回る分が資本分配率ということになります。

実際に、世紀の変わり目頃を転換点に日本の労働分配率はゆるやかな下落に転じています。

このグラフには、他にふたつ注目すべき点があります。