文化的伝統さえも形骸化して残っているだけ
チャタヌガが誇るべき文化的伝統についても、まったく同じような風化が進んでいます。
現在マーティン・ルーサー・キング大通りと改名した昔の9番街は、ビッグ・ナインとも呼ばれていて、伝説的なジャズやブルースのミュージシャンが演奏し、歌うライブハウスがあちこちにあって、賑わった場所でした。
中でも、いまだに「ブルースの女帝」と神格化されているベッシー・スミスが、まだ少女時代に歌いながら道を歩いて道行く人の投げ銭をもらっていたというエピソードは、クラシックブルースというジャンルの愛好者なら知らない人はめったにいないでしょう。
市当局もこの事実を誇りにしていて、当時のミュージシャンたちの常宿だったマーティン・ホテルの跡地に、ベッシー・スミス文化センターを設立しています。
マーティン・ルーサー・キング大通りには、大きな壁画一杯に初期ジャズとブルースの伝説の巨人たちが描かれています。次のコラージュのうちの下半分です。
テネシー州東南部についての観光ガイドサイトも、もちろんこのベッシー・スミス文化センターを最大級の観光名所として推奨しているのですが、そこで私としてはちょっと当惑したことがあります。
そのサイトで「これがベッシー・スミス若き日の姿」と紹介されている左上の写真が、たとえベッシーの顔かたちを全然知らない人が見ても、解像度の良さだけでこれは1894年に生まれ、1937年に亡くなったベッシーの写真であるはずがないとわかる代物なのです。
ジャズヴォーカルのファンなら、一目でサラ・ヴォーンの若い頃と見抜くでしょう。現存している数少ないベッシー・スミス若かりし日の姿は、右上の写真が伝えています。
こういう人違いの写真を平然と掲載するのは「黒人は男性と女性の区別ぐらいはできるが、ひとりひとりの個性などわからないし、わかろうと努力する価値もない」と告白しているようなものです。
黒人文化の遺産を貴重だと言っている人たちがこれでは、その伝統を忠実に継承するのは至難のわざではないでしょうか。
チャタヌガでは今、もっとひどいことが起きているつい最近、チャタヌガでもっとひどいことが起きているというニュースに接しました。世界経済フォーラムが推進している「スマートシティ計画」に参加している約40都市の中に、チャタヌガも入っているというのです。
次の図表の右上が、この計画に参加している先進国の都市一覧です。
この表を見ていると、先進国から参加している都市はほぼふたつの類型の中に納まりそうです。
都市として、あるいは国全体として世界に果たす役割が縮小してきているので、なんとか退勢を挽回したい都市。 自己評価に比べて世間の評価が低すぎると思っていて、なんとか注目を集めたい都市。
ようするに、健全に発展しているし、その発展に自信を持っている都市はおそらくひとつも入っていないだろうということです。
ただ、アメリカ中で住民に占める10億ドル長者の比率がいちばん高いサンノゼだけは、例外かもしれません。
それもそのはずです。スマートシティ計画というのは、中国政府がすでに実現している顔認証カメラ網を張り巡らせて、住民ひとりひとりの一挙一動を捕捉しようという、全面監視社会化計画なのですから。
サンノゼに住む10億ドル長者たちは、安全を買うための自己負担がだいぶ節約できると大喜びでしょう。
世界経済フォーラムは、この計画を推進するためにまず「大都市は耐えられないほど人口集中が進んでいる」と決めつけます。背景写真はおそらく、日本の大都会で通勤時の駅周辺の雑踏を撮ったものでしょう。
彼らはもちろん、そんなことは一言も言いませんが、鉄道の利用によって見ず知らずの人たちの中での立ち居振る舞いを学んでいる日本の都会人は人口200万人以上の大都市でも犯罪発生率を低く保っています。
そして、欧米の都会人ならあちこちでののしり合いや殴り合いが起きる狭苦しい環境の中でも、安全で平和に暮らしているのです。
そういう美点を持っている日本の都市が、そしてかつて交通の要衝だった頃にはのどかな田舎町の良さを持っていたチャタヌガが、いったいなぜ全住民を監視し、個別管理しなければならないというのでしょうか。
その秘密を解く鍵が、2020年春以来のコロナ騒動の本質だと思います。
たとえば、大疫病が起きたとき、その疫病に感染したと疑われる人たちを集めてカメラで眺め渡せば、どんな生活習慣病にかかっているか、その進行度合いはどうか、どんな既往症を持っているかが、顔を確認するだけでわかってしまうというわけです。
しかし、たまにしか起きない疫病対策としてどんなに効率的だったとしても、そのために日常生活での行動の自由を譲り渡しても惜しくないと思う人がいったい何人いるでしょうか。おそらく圧倒的な少数派でしょう。
そこで彼らは、こう説得するのです。
「昔、天災は忘れた頃にやってくるものだった。だが、現代世界では、疫病は忘れる暇もないほど次々に我々を襲ってくる。今度やって来る疫病がどれほどすさまじいものか誰にもわからないのだから、あなた方はある程度行動の自由を束縛されることになっても、我々の暖かい監視の目で守られていなければならないのだ」と。
それが、近ごろ流行りの「ウィズ・コロナ」という標語の意味なのではないでしょうか。
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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年12月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。