G7の排出量は中国、インド、ロシアの合計の約半分
図1のうちG7の内訳は、アメリカが13.9%、日本が3.1%、ドイツが1.9%、カナダが1.6%、イギリスが1.0%、イタリアが0.9%、そしてフランスが0.8%となった。この合計の23.2%は、中国、インド、ロシアの合計の43.3%に比べれば、ほぼ半分になる。
「脱炭素」に熱心なG7でもその温度差が明瞭になってきたが、かねてから「懐疑派」が主張してきたように、3.1%しか排出していない日本が血のにじむ思いで3.0%(2.8%でも構わない)に下げても、世界的な二酸化炭素削減効果は無いに等しい注3)。
「若者」は全称命題の主語にはなり得ないこれを包括的な疑義とした後で、中満論文への第1の疑念は、「若者」の位置づけ方にある。すなわち、短い論文の中で「若者たちの声」への信頼が繰り返し表明されているが、これはどのような「若者」を想定しているのか。
この「若者」は論理学にいう「全称命題」(universal)の主語にはなりえない。といって、「特称命題」(particular)の主語とみなす材料も示されていない。
中満論文で想定された「若者」は、つねに「正しい判断」をもっているのか。まさか世界各地の次々世代が一枚岩と仮定されてはいないだろうから、「若者」を「全称命題」の主語とした根拠を明らかにして欲しい。そうしなければ、この文章の持つメッセージ力はゼロになるのだから。
第2に、COP27での「交渉は難航」したという判断は正しいが、それは「基金」設立をめぐる政治的交渉が「難航」したからであり、学術的には「懐疑派」と「推進派」とは対立したままである。その結果、「基金」によって、GNとGS間はますます分断されてしまったという逆機能が鮮明になった。これについて、国連はどのような「統合」策を用意するのか。
国連の機能不全への反省が乏しい第3の疑点は、ロシアによるウクライナ侵略戦争の解決に当たり完全に機能不全に陥った国連が、「正義」を振りかざす立場にはありえないことの反省が、中満論文には見当たらないところにある。
なぜなら、「気候正義」の観点からですら、ウクライナへのロシアミサイル攻撃、軍艦からの艦砲射撃、航空機による爆撃、戦車による砲撃、軍用物資、薬、医療器材、食料、兵士の輸送に使われる膨大なトラックからもまた、二酸化炭素の排出量は天文学的数値になっているはずである。
ところが、国連もその下位組織のIPCCやCOPでもそして脱炭素「推進派」からも、その問題点が具体的に論じられたという報道に接したことはない。中満論文にもそれは皆無であった。
第4に、厳密な意味で「気候正義」なるものが存在するのか。
加害者は部分か全体か第5としては、「パキスタンの年間排出量は地球全体の1%にも満たないが、本年により大きな気候変動の被害を受けた」のなら、その最大の加害者は図1で見ると排出量31%を占める中国といえるのか。またパキスタンの隣国で排出量第3位のインドや、そしてその他の排出量合計で32%の途上国の責任はあるのかないのか。
第6には、「先進国の国内でも、社会的・経済的により脆弱な人々がより大きな被害を受ける」のは、気候変動のみが原因なのではなく、脆弱な人々を救えないその国独自の現存する社会制度や経済制度による総合的な機能不全なのではないか。
第7に、「懐疑派」の指摘によれば、日本の「温暖化対策」で使われてきた費用の100兆円が無駄になったとされる(渡辺、2022)。これを受け止めた未来世代も、同じように「不公平」と感じて「怒る」はずである。
「不公平に対応していく第一歩」はウクライナ侵略戦争の解決から第8の疑義としては、「甚大な被害を受けている途上国を取り巻く不公平に対応していく第一歩」は、28年先の2050年時点の地球全体などではなく、ロシアによる侵略戦争が始まってからまもなく1年が経過しようとしている今の時点のウクライナへの正対であろう。
国連の無力の象徴すなわち機能不全の被害者がウクライナではないか。この解決方法を言わずして、「不公平」解消のための「第一歩」はどこにも見当たらない。