綾部市・福知山市の「食」の魅力まとめ
京都市の市街地を車で少々北に走ると、直に「森ばかりの風景」が現れます。実は京都府は面積の75%が森林なのだそうです(知りませんでした)。
京都は美食の都ですし、京野菜なども有名ですが、京都の食を支えているのは京都府の田畑であり、森なのです。
京都の深い緑の森を見ていると「日本人のこころの故郷」だと感じました。
「京都の北部は田舎で何もない」という印象があるかもしれませんが、このエリアには最近移住者も増え、隠れ家的カフェや農家民宿なども続々と出来ており、注目されているエリアです。
まさに「何もない」が価値になる時代が来たのだと感じます。いえ「何もなくはない」のです。そこには "豊かさ" があるのです。
ヨーロッパ人旅行者始め外国の人たちが私たちに教えてくれます。
いきなりヨーロッパの人たちの境地まで行くのは難しいとしても、そういう価値もあるのだということを理解するだけでも先ずは良いと思います。
そこから、これからの日本が進むべき道が見えてくるかもしれません。
おまけ(福知山城)
今回の記事は「食」をテーマにしましたので、観光スポットには言及していません。
また綾部にも福知山にも「これぞ観光地!」というようなスポットは少ないのですが、福知山の観光のシンボルといえば「福知山城」ですから少し触れたいと思います。

福知山城は、織田信長の丹波平定の足掛かりとして明智光秀が築いたと言われています。天守閣は再建ですが、石垣は一部当時のものが残っています。

石垣は見た目はあまり整然としていませんが、石積みのプロ集団といわれた穴太衆(あのうしゅう)による野面(のづら)積みです。大きな石の隙間にある小さい石が実は大事で、小石があるからこそ石垣の中に水が入り、崩れない頑丈な作りになるのだそうです。また石の中には墓や石塔を用いた部分もあり、転用石と言われています。
転用石を使うことで早く石垣を築くことができます。転用石を使わなければ、山や川から石を運んでこなければなりません。全国統一を急ぐ織田信長からすれば早く築城することが重要だったので、転用石を使うことは当時の流行だったようです。
明智光秀といえば、主君の信長を攻めた謀反人のレッテルが張られています。
しかし、福知山では、飢饉に苦しむ民のために税金を免除したり、治水政策を行ったりと善政を敷いた名君と捉えられているようです。
戦国武将の性格を表すエピソードとして「ほととぎす」がありますね。
- 信長は「鳴かぬなら、殺してしまえ ほととぎす」
- 秀吉は「鳴かぬなら、鳴かせてみしょう ほととぎす」
- 家康は「鳴かぬなら、鳴くまで待とう ほととぎす」
ですね。
明智光秀ならこう言ったと言われています。
「鳴かぬなら、放してやろう ほととぎす」
光秀が如何に人々に愛され、慕われていたかが伝わるエピソードですね。


2022年11月8日~9日。福知山城天守閣に於いて将棋の竜王戦が行われました。訪れた日には、対局の間がそのまま保存されていて見ることができました。


福知山城は市街地の中心にあり、今も福知山を見守っています。

ちょうど紅葉が美しい時期に訪れることができました。

綾部、福知山、豊かで静かでゆったりしていて、とってもいいところでした。気持ちが優しくなったような気がします。あなたもぜひ!
文・写真・シンジーノ/提供元・たびこふれ
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