移動に適した小家族
しかし一方で、日本全国や全世界にわたり「生活水準」として転勤を必然化するような企業に雇用された労働者には、小さい家族が好まれる。なぜなら、家族全体の移動コストが大きすぎるからである。加えて住宅事情も、大都市に象徴されるように価格が高止まりであるために、雇用された労働者の多くが小さな居住空間しか得られず、結果的に日常的にも小家族化か単身化の選択をするようになる。さらに大都市での大学教育費の高騰が、子どもの数を制限するように作用する注27)。
企業雇用者の「生活水準」では個人面での「力の欲望」は説明力を発揮しないが、自由な移動を可能とする従業員が多いほど、むしろ世界戦略をめざす企業にとっては有利であるから、組織としての「力の欲望」が満たされがちとなる。その意味でも、100年前の高田人口パラダイムはまだ有効である。
(9)からいえることは、地方創生では主体による分配の際の力点、すなわち、政治的配慮、経済的配慮、思想的配慮のどれを主体が重視するかに応じて、地方の生活水準(S)の位置づけ、および、政策遂行のための公共投資か民間投資の区別が最小限行われることにある。
高田人口方程式とケインズの最単純モデルの組み合わせの結果得られた(9)を活用すれば、人口減少が進む日本で生活標準と生産力により人口回復を目指すための地政策理論の可能性が高まると考えられる。
「待機児童ゼロ」と「ワーク・ライフ・バランス」の両輪では、30年かけても年少人口減少と総人口減少は全く回復しなかった。その意味で古典に学び、近未来に向けて少子化対応のパラダイム転換の時期である。
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注11)これはコミュニティ論を応用した私なりの地方創生並びに日本社会研究の問題意識である(金子、2016)。
注12)経済的変数としての所得と非経済的変数としてのソーシャル・キャピタルとの関連は、階層性や男女の差それに世代間の差があり、どこでも誰でも一貫した関連を示すとは限らない。
注13)高田保馬の全貌は依然として把握できてはいないが、金子(2003)でその入り口を探ったことがある。また高田の『勢力論』と人口史観の全貌が分かる『階級及第三史観』は、『社会学概論』とともに、高田生誕120周年を記念して2003年にミネルヴァ書房から復刻された。
注14)「生活水準」は所得や資産という「経済的事実」以外に、暮らし方、付き合い方、働き方、遊び方などのライフスタイルを含み、そのうえ本人の威信や満足度という心理的変数が加わるという解釈を私はしている。
注15)たとえば1932年の『経済学新講』第5巻107頁でも「生活標準」が使われている(高田保馬、1932)。
注16)いうまでもなく、高田の時代の日本は人口増加の時代であったが、「人口方程式」は人口増加にも減少にも適用可能だと私は判断している。
注17)高田の見識は分配係数dに集約される。すなわち、dに応じて、消費も産業投資も公共投資も決定される余地を残したところに数式モデルの適切性がうかがえる。
注18)非自発的失業とは、現行の貨幣賃金などの労働条件で働く意思がありながら、有効需要不足のために、職を見出せない失業(者)を指す。この対極は、働く能力はありながら、現行賃金などの労働条件では満足しないために職に就かない失業者であり、自発的失業(voluntary unemployment)と総称する。
注19)もちろんこれは乗数理論の数学的モデルである。
注20)岸田内閣での「新しい資本主義案」のうち「デジタル田園都市国家構想」が「地方創生」に関連するが、「デジタル」(DX)に力点がかかりすぎて、「田園都市国家構想」は描かれてはいない(金子、「政治家の基礎力:連載11回 資本主義のバージョンアップ」2022年7月2日)。
注21)ただし、消費と貯蓄は直結しない。なぜなら、高田時代の人生50年時代と今日の人生80年時代では、一人の消費期間が30年長くなっているので、貯蓄に回す余裕が無くなる高齢者が増えるからである。
注22)2015年より始まった文化庁による「日本遺産認定事業」などはこれに該当する。また、潜在的正機能としては「体制批判」をかわす狙いもあるが、春夏秋冬行われるスポーツイベントのテレビ放送も、ここにいう「社会的影響源」に含められる。なぜなら、イベント開催期間中の「まち」に「ひと」が集まるからである。
注23)思想的分配係数dtもまた、最終的には経済的分配係数deへの配慮をすることになる。
注24)総務省が2022年8月9日に発表した「人口動態調査」結果では、前年に比べて人口減少したのは、186人増えた沖縄県を除いた46都道府県であった。とりわけ東京圏(埼玉、千葉、東京、神奈川)でも初めての人口減少を記録した。同時に名古屋圏(岐阜、愛知、三重)と関西圏(京都、大阪、兵庫、奈良)を加えた「三大都市圏」でも2年連続のマイナスとなった。
注25)岸田内閣の『新しい資本主義案』ではDX、GX、人への投資に力点が置かれているので、(9)を使うと、政治的分配dpが公共投資lpを最優先した結果と国民の「生活水準」との関連とにより、人口数が決定されるという文脈になる。
注26)「生活水準」に関連の深い「生活の質」(QOL)やウェルビーイングも同じ文脈にあるとしておく。
注27)なぜなら、子どもへの教育投資はその家族の「生活水準」を象徴する指標の一つだからである。
【参照文献】
- 金子勇編,2003,『高田保馬リカバリー』ミネルヴァ書房.
- 金子勇,2016, 『日本の子育て共同参画社会』ミネルヴァ書房.
- Keynes,J.M.,1936=1973,The General Theory of Employment, Interest, and Money, Palgrave Macmillan.(2012 山形浩生訳『雇用、利子、お金の一般理論』講談社).
- 小室直樹,2003,『論理の方法』東洋経済新報社.
- Schumpeter,J.A.,1926,,Duncker & Humblot.(=1977 塩野谷祐一ほか訳『経済発展の理論』(上・下)岩波書店).
- 高田保馬,1919,『社会学原理』岩波書店.
- 高田保馬,1925=1948=2003,『階級及第三史観』(新版解説 金子勇)ミネルヴァ書房
- 高田保馬,1932,『経済学新講 5』岩波書店.
- 高田保馬,1934,『マルクス経済学論評』改造社.
- 高田保馬,1940=1958=2003,『勢力論』(新版解説 盛山和夫)ミネルヴァ書房
- 高田保馬,1949=1971=2003,『社会学概論』(新版解説 富永健一)ミネルヴァ書房
- 高田保馬,1954, 「成長率の考察」高田保馬編『大阪大学経済学部社会経済研究室研究叢書 第一冊 経済成長の研究 第一巻』有斐閣:1-50.
- 高田保馬,1955,『ケインズ論難』 大阪大学経済学部社会経済研究室.
- 柳田國男,1927=1990,『農村家族制度と慣習 柳田國男全集 12』筑摩書房:463-498.
文・金子 勇/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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