「分配係数×国民生産÷生活標準」の商が人口数である
このように考えても、実際にはデータの質が異なるから、厳密な意味での数学的展開は出来ない。ただある程度は、論理的な思考を導くことは可能である。すなわち、(7)の右辺は「dC+dlp+dlI」となるから、これは「分配係数×消費+分配係数×産業投資+分配係数×公共投資」を意味しており、それらの合計を生活水準で割ると、状況に適合した人口数が得られるという思考実験である。
前編で概説したように、日本ではBに当たる総人口数は13年間減少しているから、高田人口方程式の左辺にある「生活水準」を維持するか上げるためには、右辺をどうしても上げる必要が出てくるのである注17)。
消費を増やすか投資を増やすか
すなわち、「生活水準」を支える消費を増やすか、「産業投資」を増加させるか、「公共投資」を嵩上げするかしか、打開の道は見当たらない。(8)でいえば、①人口数Bを上げるには生活水準Sを下げるか、②Sがそのままならば、「消費+産業投資+公共投資」を増やすか、③Sを上げるなら、「dC+dlp+dlI」の合計はもっと多くしなければならなくなる。
ただしこれはいわば真空状態における仮定として、生活水準一定、資本係数一定、貯蓄率一定が条件(高田、1954:11)なので、21世紀の日本社会の実際の場面では利用できない。現実的に、これらが一定であることはないからである。しかし、地方創生そして日本の社会発展における「まち、ひと、しごと」をめぐる消費、投資、貯蓄に、人口方程式の変換から得られるこのようなアイディアをどのように関連させていくか。
高田がいうように、投資と雇用、資本の利用、労働の利用が「全部的」(高田、同上:13)であることはなく、ケインズ学派的には失業を含み、過剰資本を含む。同時にこれは、投資に向けられぬ貯蓄と非自発的失業(involuntary unemployment)を前提とした状態にあるモデルでもある注18)。
人口増加と需要の増加
さて、歴史的には「人口の増加に比例する需要の増加がある」(高田、1932:106)ことは間違いない。世界各国の産業革命の歴史や日本の高度成長期の事例からも、「需要増加は必然に生産の拡張を意味し、生産の拡張は労働の需要増加、所得の増加を意味する」(同上:108)。これは人口増加の時代における需要が供給面を刺激して、生産の拡張を必然化するという構図である。
おそらく「公共投資」だけではなく、「産業投資」でも乗数効果は期待できるから、いくつもの波及効果が想定される。小室が数学的に繰り返し証明したように、1兆円の設備投資を増やしたら、国民総生産は乗数効果により最終的には投資額の5倍にもなるからである注19)。
ただし、現今の人口減少社会はこの真逆であるから、需要増加も生産拡張も所得増加もそのままでは期待できない。すなわち、人口減少が需要の縮小を引き起こし、その結果として生産は削減され、売り上げは縮小し、利益が減り、労働者所得も減少して、国民全体の所得の低下も著しくなる。しかも、今後日本の数十年間は社会システム全体で高齢世代の人口圧力が続くから、若い世代と高齢世代間の対立の構図が解消されず、保有資産や流動資産間の不均衡も続く。その意味で、「世代会計」でも格差が大きくなる。
2013年に安倍内閣により、人口減少社会の到来を受けた地方創生が提唱された背景には、このような深刻な「少子化する高齢社会」の本格的到来があった注20)。
消費函数
さらに人口方程式で注目しておきたいことは、「消費不足」についてのいくつかの議論である。高田はケインズ消費函数を、①所得の不平等ないし階級的へだたりに重点を置かない、②国民所得の増加に伴う消費率の減少に重点を置く、③投資の増加によって消費の不足からくる需要の補完ができる、とまとめた(高田、1955:135)。①により、「格差」を論じない、②からは国民所得が増えると、買わなくなる、③では消費よりも投資に回すことなどを高田は強調した。このうち②は階層論から見て卓見であろう。
加えて、ケインズは総消費函数従って貯蓄函数に注意を集中し、総消費すなわち総貯蓄に着眼することで、資本主義の前進すなわち生産拡張の障碍の問題に立ち向かい、政策に関する予測と計画とを企画した(同上:136)。これも人口方程式に役に立つ示唆となる。
所得増加は消費率を下げる
既述したように、ケインズ研究から高田は、「社会の生産拡張従って所得増加につれて消費率は減少するという結論」(同上:137)になることを引き出した。そのうえで高田は、所得の相対性と消費の不可逆性の観点から、「個人的需要は独立のものではない。社会的影響を強く受けるものであり、他人の需要によって左右せられる。いわば独立的ではなく依存的である」(同上:138)と指摘した。
これは現在の社会学理論ではマートンの準拠集団論で説明できる内容であり、社会学者高田の一面が垣間見られる注21)。それならば、個人的需要に影響が強い社会的要因を積極的に追究したい注22)。
所得と消費の関連は、「ひとたび上がった消費は所得がへっても自らを維持しようとする」(同上:139)ので、相対所得の原則が構築されたのである。高田によって日本の人口増加の時代に論じられた消費函数問題は、それから70年後の日本の人口減少社会でももちろん有効である。いったん消費水準が上がると、その維持を心がけ、総体としての生活水準を下げようとしないのが人間の本性にあるからである。所得が乏しく、貯蓄も少ないが、政府や自治体からの各種手当や支援が今のところは保障されているために、置かれた立場の差はあっても一定の個人的需要が満たされている。
しかし、今後とも続く予想の人口減少により、それが困難になれば、社会的需要は先細りして、生産力もそれに呼応して、縮小する。