にもかかわららず近年表面上と実質の利益率が接近している
ですが、近年企業開示どおりの自己資本利益率が実質統合投下資本利益率に接近しているというおもしろい現象が見られます。
まず先ほどご覧いただいた投資総合収益率と実質統合投下資本利益率の差を示すグラフのうち、オレンジ色の枠で囲った部分にご注目ください。
明らかに20世紀末から、両者が急接近していることが読み取れます。
アメリカの大企業経営者が良心的になってきたのでしょうか?
どうも彼らの言動を見ていると、そうは思えません。ですが、このふたつの指標のあいだのギャップは、確実に、しかもかなり急速に狭まってきているのです。
いったい、なぜでしょうか?
まず言えることは、アメリカ企業全体として、近年設備投資だけでなく一般的に投資を絞りこむ傾向が顕著だということです。
設備稼働率、つまり既存設備の何パーセントが実際に稼働しているかを描いた次のグラフをご覧ください。
1960年代末に比べて、最近では設備稼働率が顕著に下がっています。稼働率が下がれば、毎年の損耗分も小さくなり、拡張したり更新したりの必要性も薄れていきます。
したがって、最近のアメリカ企業はめったにその年の当期利益総額を超えるような設備投資をしなくなりました。
2001~02年、2010~11年に突然設備投資額の当期純利益額に対する比率が上がっています。ですが、これは設備投資が増えたわけではなく、経済危機によって当期利益総額が激減したための比率上昇です。
前のグラフと見比べていただくと、1990年代初めごろまでは景気も良く、企業収益も高いので、「もっと投資をすればもっと儲かる」と設備投資を増やしていたのに比べると、まさに様変わりです。
どうしてそうなったのでしょうか?
最大の理由は、経済を牽引する業種が設備投資が重要な役割を果たす重厚長大型製造業から、あまり設備投資は重要ではないサービス業に変わったことでしょう。
重厚長大型製造業の典型である、コモディティ製造業と付加価値の大半をハードではなくソフトウェアというサービスによって稼いでいるハイテク産業とのあいだで、設備投資のレベルがどう変わってきたかを見てみましょう。
一見、コモディティ製造業者は落ち目で、ハイテク業者は上昇基調に見えます。収益全体としてはまさにそのとおりなのですが、設備投資に関しては金額の絶対水準にご注目ください。
ハイテク産業大手は、これだけ業績が順調に伸びて設備投資を急拡大しても、まだ50社全体で1000億ドルにも達していません。
一方、コモディティ製造業者はつい最近のロシア軍によるウクライナ侵攻まで延々と不況続きで設備投資を縮小してきたのですが、それでも50社で4000億ドルから1000億ドル強にまで下がった程度です。
直近でも、時価総額では比べものにならないほど大きなハイテク大手より多額の設備投資を続けているのです。
経済を主導する産業がサービス業に移ったという事実は、インフレが企業利益を底上げし、見かけ上の高収益を演出する作用の重要性を低めているのです。
そして、基本的にサービス業主導の経済になると、重厚長大型製造業主導の時代よりインフレ率一般が低下する傾向があります。
ご覧のとおり、これまたロシア軍のウクライナ侵攻をきっかけとしたエネルギー資源の価格暴騰以前には、アメリカ経済にしては珍しくインフレ率が1~2パーセント前後という時期がほぼ10年続きました。
私はこの傾向がますます顕著になり、「低インフレ、低投資が続く今の世の中に、そもそも企業が巨額資金を調達しやすいようにという理由で存在している株式市場なんていらないじゃないか」というところまで世論が変わってくれればいいなと切実に思っています。
次の表でご覧いただくとおり、比較的低めのインフレ率でも長年にわたって累積すると、企業の利益率をとんでもなく過大評価させるからです。
もちろん、正直な減価償却ルールを励行して表面的な利益・株価指標と実態との差を縮めることも重要でしょう。
でも、そもそも投資があまり重要性を持たないサービス業全盛の今、そういう百年河清を待つようなまだるっこしいことをするより、「株式市場なんていらないよ」と言ってしまうほうがよっぽど手っ取り早い解決策だと思います。
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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年7月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。
文・増田 悦佐/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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