汎用性のある地方創生の理論
これらを手掛かりに、さらに汎用性のある地方創生の理論を目指したい注9)。
創生された地域社会を評価する軸を以下に示す。
- 「まち・ひと・しごと」はどのようになったか
- まち:地域社会の構造と機能は維持されているか
- ひと:人口構造、人口移動はどうなったか
- ひと:働く人々は満足したか
- しごと:経済的活動は活発になったか
- しごと:生産、流通、消費のどの過程に動きが生じたか
- 健康、福祉、衛生、所得、教育、文化などの「生活の質」はどうなったか
コントの箴言
社会学の祖であるコントは、24歳のデビュー論文で、「すべての業績が、同一世代の中でも、また世代と世代との間でも関連を持っていることを、はっきりと証明した。したがって、ある世代の発見はその前の世代の発見によって用意され、また、次の世代の発見を用意する」(コント、1822=1980:94)。13回連載してきた「政治家の基礎力」としての「情熱・見識・責任感」もこれに尽きる。
そして本連載を踏まえて、過去を学び、現在を語り、未来を展望できる力量を備えた新世代の登場に期待するものである注10)。
■
注1)岸田内閣が6月7日に発表した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(案)(以下、「新しい資本主義案」)では「地方創生」は取り上げられてはおらず、代わりに「デジタル田園都市国家構想」の推進が謳われている。これについては、連載11回目「資本主義のバージョンアップ」(7月2日)で取り上げた。
注2)恩師の鈴木広博士がコミュニティのDL理論を手掛けられはしたが、完成に至らず中断されたままであったために、Rを加えて汎用性を高めようとしたものである(連載第12回参照)。そしてより積極的には、通説としてのコミュニティ論に自らの事例分析の成果を盛り込むための理論化と位置づけている。
注3)特にここでは、一村一品運動で中心となったリーダーシップの研究、それにイノベーション論とコミュニティ論との接合を意味している。
注4)岸田内閣により新しい資本主義実現会議が発表した『新しい資本主義案』では、「デジタル田園都市国家」が謳われているが、「田園都市国家」の議論は皆無であり、「デジタル化」のみが先行して論じられているだけある(連載第11回目)。「地方創生」も「地域活性化」も論題にはなりえていない。
注5)柳田は、生産町、消費町、交易町という分類を行っている(柳田、1906=1991:112)。
注6)少なくとも三隅二不二の「リーダーシップのPM理論」は使いたい(三隅、1984)。単なる「人材」という表現を超えて、リーダーシップの在り方と深く関連させると、事例研究を通して発見できたリーダーシップは目標達成のための実行力として機能したのか、あるいは集合体を引っ張っていく統率力になったのかを科学的に判断できる。Pの特性の筆頭は「率先垂範因子」(initiating structure)であり、これはリーダーと集団成員との関係を組織づけ、明確にすることに関連している監督者の行動である(三隅、前掲書:156)。またMの筆頭には「配慮因子」(consideration)があり、友情、相互信頼、尊敬、リーダーと集団との間のある種の暖かさということに関連する監督者の行動である(同上:156)。そこで得られた主体がリーダーシップ論で位置づけられると、特定の地方(the region)、地域社会(the community)、都市(the city)などで「まち」づくりの方向が明らかになるからである。事例分析においても可能なかぎり汎用性を志向したい。
注7)この立場から『新しい資本主義案』における「デジタル田園都市国家」構想をみると、「地域計画」の基本が論じられていないと言わざるを得ない。
注8)紹介した「小水力発電」は、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行」で主導された「デジタル田園都市国家」構想にも有益である。それは必ずしもデジタルを活用した発電ではないが、このような「中山間地域の集落単体」でも可能な試みであり、社会学的にみて「非同時的なるものの同時性」(マンハイム、1935=1976:26)の事例にもなる。そこではデジタルもアナログも、合理的要素も非合理的要素も相互依存しているために、一方を切り捨て、もう一方のみに依存することは賢明ではない。
注9)注1)で触れた『新しい資本主義案』では「デジタル田園都市国家構想」が論じられているが、現今の東京・首都圏への「一極集中」から「多極集中」を課題としている(新しい資本主義実現会議、2022:27)。しかしこれでは「地方」の「多極集中」が進んでしまう。この議論は50年以上も前の「日本列島改造論」辺りから続いているが、東京「一極集中」を緩和するには地方への「多極分散」しかないという模範解答がある。その一方で、地方としての北海道では札幌市、宮城県では仙台市、広島県では広島市、福岡県では福岡市という「多極集中」の弊害をどうするかという疑問が続いてきた。いわば、東京「一極集中」緩和には「札仙広福」への機能分散が合理的だが、それぞれの地元からすると、北海道の中で札幌市、あるいは福岡県のなかでの福岡市の機能拡大が続くと、北海道内や福岡県内の過疎が進むというジレンマが強くなる。もちろん宮城県も広島県も同じ事情を抱えている。
注10)「むずかしいのは、その新しい発想自体ではなく、古い発想から逃れる」(ケインズ、1936=2007=2012:45)ことである。ここでもパレートの「8020」の法則に期待して、「古い発想から逃れる」新世代が20%いれば、パーソンズAGIL図式でまとめた社会システム全分野の転換は可能だと見ておこう。
【参照文献】
- 新しい資本主義実現会議,2022,『新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画~人・技術・スタートアップへの投資の実現』(案)同会議。
- Comte.A.,1822=1895,“Plan des travaux scientifiques nécessaries pour réorganizer la société.”, Paris,Appendice Général.霧生和夫訳 「社会再組織に必要な科学的作業プラン」清水幾太郎編集『コント スペンサー』中央公論社、1980:51-139.
- 濱田康行・金子勇,2017a,「人口減少社会のまち、ひと、しごと」『商工金融』第67巻第6号:5-34
- 濱田康行・金子勇,2017b,「地方創生論にみる『まち、ひと、しごと』」北海道大学経済学部編『経済學研究』第67巻第2号:29-97.
- 平松守彦,1990,『地方からの発想』岩波書店
- 金子勇,2016,『「地方創生と消滅」の社会学』ミネルヴァ書房.
- 金子勇,2018,『社会学の問題解決力』ミネルヴァ書房.
- Keynes,j.M.,1936=2007,,Palgrave Macmillan,(=2012 山形浩生訳 『雇用、利子、お金の一般理論』講談社)
- 増田寛也編,2014,『地方消滅』中央公論新社.
- Mannheim,K.,1935,,Leiden A.W.Sythoff’s Uitgeversmaatsschappy N.V.(=1976 杉之原寿一訳「変革期における人間と社会」樺俊雄監修『マンハイム全集5 変革期における人間と社会』潮出版社):1-225.
- 三隅二不二,1984,『リーダーシップ行動の科学』有斐閣.
- Pareto,V.,1920,;per cura di Giulio Farina.(=1941=1996 姫岡勤訳・板倉達文校訂『一般社会学提要』名古屋大学出版会).
- Parsons,T.,1951,,The Free Press.(=1974佐藤勉訳『社会体系論』青木書店).
- 鈴木榮太郎,1957=1969,『鈴木榮太郎著作集Ⅵ 都市社会学原理』(増補版)未来社.
- 鈴木広,1976,『都市構造と市民意識』福岡市(非売品).
- 竹本昌史,2016,『地方創生まちづくり大事典』国書刊行会.
- 月尾嘉男,2017,『転換日本―地域創成の展望』東京大学出版会.
- 柳田國男,1906=1991,「時代と農政」『柳田國男全集 29』筑摩書房:7-227.
文・金子 勇/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
【関連記事】
・「お金くばりおじさん」を批判する「何もしないおじさん」
・大人の発達障害検査をしに行った時の話
・反原発国はオーストリアに続け?
・SNSが「凶器」となった歴史:『炎上するバカさせるバカ』
・強迫的に縁起をかついではいませんか?