ロジャースのイノベーションモデル
特定のイノベーションが発生したとして、それは社会システム全体に急速には浸透しない。時間もかかるし、通常は最初に受け入れる社会システム成員は極めて少ない。そこで止まる場合さえあるが、それを乗り越えても一気に普及するわけでもない。
かつてロジャースは、普及に関するイノベーションモデルを5つの採用者カテゴリーに分けたことがある(図3)。これは自身の研究成果とともに、膨大な先行研究の結果を取り入れて「理念型」である。
このイノベーション普及の「理念型」は
- 革新者、革新的採用者(innovators)2.5% →「冒険的な人々」
- 初期採用者、初期少数採用者(early adopters)13.5% →「尊敬される人々」
- 前期追随者、前期多数採用者(early majority)34% →「慎重な人々」
- 後期追随者、後期多数採用者(late majority)34% →「疑い深い人々」
- 遅滞者、採用遅滞者(laggards)16% →「伝統的な人々」
となる。なお、下線を引いている訳語および簡単な定義は、初版から9年後の新版による(ロジャース(1971=1981:250-255)。ただし、内容は変わっていない。
イノベーションの「普及」とは社会システム成員がこれを採用することであるから、新版での訳語のように「採用」を含むほうが分かりやすいので、私もこれに準じる。
マイナンバーカードの「普及率」の説明
このモデルを使って、DXの象徴としてのマイナンバーカードの「普及率」を説明しよう。全体での「普及率」が45%前後なので、「革新的採用者」、「初期少数採用者」、「前期多数採用者」のカテゴリーまでは、ほぼマイナンバーカードが行き渡っていることになる。すなわちモデル図の左側半分への交付が済んだとみられる。
ただしグラフは正規分布の形であるが、左側に3カテゴリー、右側に2カテゴリーなので注意しておきたい。「マイナンバーカード」の「後期多数採用者」までの「普及」が進めば、政府としてはDXの第一弾は成功したと考えてよい。そのためか、札幌駅前の地下歩行空間(チカホ)では、平日でも臨時のマイナンバーカード申請所が作られている(写真1)。
イノベーションの「普及」カテゴリーの説明要因は、社会経済上の地位、パーソナリティ変数、コミュニケーション行動である(ロジャース、1971=1981:256-257)。しかし総務省ホームページにはそのような情報がないために、ここでは性別と年齢別の動向、それに居住地の特性から推測するしかない。
そうすると、表1から20歳から59歳までの政令指定都市の女性への「普及率」の高さ、政令指定都市60歳以降の男性の高さから、ここには「革新的採用者」「初期少数採用者」「前期多数採用者」が多いことが想定される。
逆に町村の20歳から59歳までの男性と60歳以上の女性に「普及」の遅れがあることにより、「後期多数採用者」への働きかけの対象が変わってくる。たとえば町村の20歳から59歳までの男性と60歳以上の女性に、マイナンバーカードの利便性が理解してもらえるかどうかで、今後の普及率が左右されるであろう注5)。
以上、膨大な先行研究から多方面の成果を取り込むことを放棄しては、「新しい資本主義」を政策的にも学術的にも論じられないのではなかろうか。
(次回へ続く)
■
注1)それぞれの作品は高水準で、真剣に取り組む価値がある。私は友人の経済学者と1年半の準備をしたうえで、これらの諸作品の「入口」をようやく概観できたに過ぎない(濱田・金子、2021)。
注2)高田の経済学と社会学では現代社会への応用可能な論点が多い。結合定量の法則、人口史観、勢力理論、基礎社会の拡大縮小の法則、基礎社会衰耗の法則などは、「少子化する高齢社会」でも積極的な活用が試みられてよい。
注3)これらの「再エネ」についての諸問題は、金子(2022a,2022b)で詳しく検討した。
注4)社会学の定訳では「文化遅滞」である。しかし、「遅滞」では滞っているというイメージが強く、「文化進行の遅れ」と修正した。なぜなら、物質文明よりも浸透が遅くなるといっても、非物質文明も滞らずにゆっくりと進んでいくからである。
注5)20世紀後半の最大のイノベーションの一つである「温水洗浄便座」は老若男女全員が歓迎したので、その普及は迅速であった。「山のてっぺんから地の果てまで行き渡ったウォッシュレット」(水野、2014:19)は例外と見るべきであろう。すなわち「温水洗浄便座」には「採用遅滞者」すら少ないのである。
【参照文献】
- 濱田康行・金子勇,2021,「新時代の経済社会システム」『福岡大学商学論叢』第66巻第2・3号:139-184.
- Howard,E,1898=1965,,The Town and Country Planning Association,(=1968 長素連訳『明日の田園都市』鹿島研究所出版会)
- 金子勇,2022a.「二酸化炭素地球温暖化と脱炭素社会の機能分析」(8回連載)国際環境経済研究所.
- 金子勇,2022b.「『脱炭素と気候変動』の理論と限界」(8回連載)アゴラ言論プラットフォーム.
- 金子勇,2022c,「北海道『脱炭素社会形成』のアポリア」(前編・後編)アゴラ言論プラットフォーム(4月6日、4月10日).
- Latouche,S.,2019,(Collection QUE SAIS-JE? No.4134) Humensis. (=2020 中野佳裕訳『脱成長』白水社).
- Mannheim,K.,1935,,Leiden A.W.Sythoff’s Uitgeversmaatsschappy N.V.(=1976 杉之原寿一訳「変革期における人間と社会」樺俊雄監修『マンハイム全集5 変革期における人間と社会』潮出版社):1-225.
- 水野和夫,2014,『資本主義の終焉と歴史の危機』集英社.
- 奥和田久美,2019,「政策のための予測を俯瞰する」山口富子・福島真人編『予測がつくる社会』東京大学出版会:195-222.
- Ogburn,W.F.,1923,London. 雨宮庸蔵・伊藤安二訳『社会変化論』育英書院、1944.
- Parsons,T.,1964,,The Free Press.(=1985 武田良三監訳『社会構造とパーソナリティ』新泉社).
- Rogers,E.M.,1962,, The Free Press.(=1966 藤竹暁訳 『技術革新の普及過程』培風館)
- Rogers,E.M.,1971,, The Free Press.(=1981 宇野善康監訳『普及学入門』産業能率大学出版部)
- 高田保馬,1953,『全訂 経済学原理』日本評論新社.
文・金子 勇/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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