ソーシャルキャピタルの力
ソーシャルキャピタルをキーワードとしてイタリアの20地域を研究したパットナムは、地域がもつ経済的な成功(成長や発展)と人々がもつボランタリーな集団密度(高い凝集力)との間にある積極的な相関を発見した(パットナム、2000=2006)。すなわち、ボランタリーな集団成員のコミュニケーションを促進したら、地域の人々の協力と経済的発展に資する社会規範における信頼が生み出され、強化されたのである。
パットナムの研究は経済的well-beingと社会的well-beingに関して、居住者の親しい関係の総称としてのソーシャルキャピタルがもつ積極的な影響力について教えてくれる。
解決への政治的意思
ただし今日的な環境問題の解決を求める際には、かつてダイヤモンドが語った嘆きにも留意しておきたい。
それは、「問題を解決するのに、新しい科学技術は必要ない。新しい技術が活躍する余地はあるだろうが、根幹の部分は、既存の解決策を適用する政治的な意思“だけ”で事足りる」(ダイヤモンド、2005=2012(下)=362~363)というものである。
翻ってコロナウイルス感染に直面した日本の2年半を点検すれば、せっかくの厚生労働省「行動変容ステージモデル」などが先行的成果として存在していたのに、「既存の解決策を適用する政治的な意思」はなかったという判断が得られる。
アベノマスク、補助金のばらまき、「うがいと手洗いとマスク」に象徴される国民への常識的「お願い」、緊急事態宣言の発出と解除、ワクチン開発、PCR検査の拡大、外出自粛への取り組みなど、どれを取っても科学的成果に依拠した「政治的意思」が見当たらない。これは大変不幸なことであった。
ケインズの「孫の世代」はもちろん、現世代が直面する「人口」、「戦争」、「科学の役割」について「政治的意思」を変えるためには、図1「行動変容ステージモデル」の応用が有効であり、各方面での具体化が求められる。
(次回:政治家の基礎力(情熱・見識・責任感)⑨)
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注1)この発想は、農業でいわれるように「米を作る」のではなく、「土を作れば米ができる」に通じるものがある。
注2)ケインズのように「孫の世代」が始まるまでの60年間を射程に収めるのならば、短期的目標としては1年後と5年後を用意して、中期目標には10年後と20年後を設定する。その後の長期的目標は10年単位で継続して、最終的に60年後の達成に向けての資源投入計画を作るのである。
注3)Kawachiらの研究(2008=2008)では、多方面からのアプローチで「健康と社会」の問題を解明しようとしている。
注4)社会学者や社会心理学者によるコロナ関連のコミュニケーション発信不足はもとより、政治家や官僚それにマスコミによる学術研究成果の軽視もまたここに窺える。
注5)この臨時の社会システムを「コミュニティ」と呼ぶこともできるが、その存在は恒常的ではなく、緊急事態に自然発生すると考えられる。なお、コミュニティの創造に関する一般論は金子(2011)を参照。
注6)このエンパワーメント感は、誰からか供給されるものではなく、自己認識(self-awareness)、自己成長(self-growth)、いくつもの資源(resources)の結果として存在する(McCall,Heumann,and Boldy.,2001:16)。
注7)このような複合テーマは、社会心理学か社会学でなければ専門的に論じることはできないであろう。
【参照文献】
- Berelson,B.& Steiner,G.A.,1964,,Harcourt, Brace and World Inc.(=1966 南博・社会行動研究所訳『行動科学事典』誠信書房) .
- Diamond,J.,2005,, Viking Penguin.(=2012 楡井浩一訳『文明崩壊』(上下)草思社).
- 金子勇,2011,『コミュニティの創造的探求』新曜社.
- Katz, E. & Lazarsfeld ,P .F . ,1955, The Free Press. (=1965 竹内郁郎訳 『パーソナル・インフルエンス』培風館).
- Kawachi,I. Subramanian,S.V. Kim,D.,(eds.),2008,S, Springer Science+Business Media,LLC.(=2008 藤沢由和ほか監訳『ソーシャル・キャピタルと健康』日本評論社).
- Keynes,J.M.,1931,, Macmillan & Co.(=2010 山岡洋一訳『ケインズ説得論集』日本経済新聞出版社).
- Klapper,J.T.,1960,, The Free Press.(=1966 NHK放送学研究室訳 『マス・コミュニケーションの効果』日本放送出版協会).
- Lerbinger,O.,1972,, Prentice-Hall,Inc.(=1975 小川浩一・伊藤陽一訳『コミュニケーションの本質』新泉社),
- McCall,Heumann,andBoldy.,2001,’Empowerment:Definitions,Applications,Problems,and Prospects.’Heumann,L.F.mcCcall,M.E.and Boldy,D.P.,(eds.).Praeger :3-24.
- Newcomb,T.M.,1950,The Dryden Press,Inc.(=1956 森東吾・萬成博共訳『社会心理学』培風館).
- Newcomb,T.M.,Turner,R.H.,and Converse,P.E.,1965,, Holt,Rinehart and Winston,Inc.(=1973 古畑和孝訳『社会心理学-人間の相互作用の研究』岩波書店).
- Putnam,R,D.,2000,, Simon & Shuster.(=2006,柴内康文訳『孤独なボウリング』柏書房).
- Wigand,R.T.,1977,’Communication Network Analysis in Urban Development’in Arnold,W.E.and Buley,J.L.,(eds),,Winthrop Publishers,Inc.:137-170.
文・金子 勇/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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