空間的距離ではないソーシャル・ディスタンス

語源的にみると「社会的距離」(social distance)のうちdistanceは、dis – apart、tance – standなので、stand apart(距離がある、隔たりがある、疎遠)という意味になり、とりわけ空間的な隔たりを指して、遠方にある状態を表す。

しかし、これにsocial(社会的)が付くと、空間ではなく、親しさの度合や疎遠の程度を表現するというのが社会学では通説になってきた。従って、新型コロナウイルス感染予防に活用されてきた「社会的距離」とは人と人との2m間隔ではなく、集団間や個人間で関係の親しさの程度を表す際に用いられる概念となる注4)。

辞典を無視した日本人

また社会学的知識がなくても、その正確な意味は現代日本の英和辞典をひもとくだけでも認知できる。

たとえば、「集団間における牽引と反発の度合いで、人種・階級・職業的地位などがその決定因となる」(『研究社新英和大辞典』)、「職業上の地位や階級などによる個人または集団間の親近性」(『ランダムハウス英和大辞典』)、「主に社会階層を異にする個人・集団間の親近度、許容度を表す」(『グランドコンサイス英和辞典』)という「親近性」の度合いに限定された説明が、各種の大型英和辞典でなされている。

英語の表現でも、‘keep a person at a distance’は「人との距離を保つ」とはいえ、その意味は空間的な距離ではなく、「冷たく扱う」や「親しくしない」といった親しさの程度を示すものである。なお『新編英和活用大辞典』(1995:767)では、’the social distance between the two lovers’「2人の恋人間の社会的な隔たり(身分などの違い)」が例文としてあげられている。もちろん2mの空間距離を表すものではない。

そして第二版以降の歴代の『広辞苑』でも、「集団と集団との間、個人と個人との間における親近性の強度」とされてきた。空間距離2mを「社会的距離」と信じてきた人々は、誰でもが手にすることができるこれらの辞典を参照しなかったのであろう注5)。