「あっという間に海獣たちもいなくなってしまうかも」。田島氏が危惧する海洋環境問題とは
田島氏が海洋環境に対して、今最も危惧すること。それは海獣がプラスチックごみを食べてしまうこと以外にもあるという。
「1つ目は、プラスチックごみが湧昇流(※1)を妨げていることです。食物連鎖の基盤となるプランクトンは湧昇流とともに運ばれてくる栄養をエサに生きていますが、プラスチックゴごみが海底に沈むとその湧昇流を妨げてしまい、プランクトンのエサがなくなり、数が減少。そうすると、壊滅的な負の連鎖に繋がり、プランクトンを食べる魚も減り、食物連鎖の頂点にいる大型の海獣たちもあっという間にいなくなる可能性があります。このことを論文で発表する研究者が世界中で増えてきているんです」。
※1 湧昇流 下層の低温の水が海底の栄養塩類を巻き上げながら、表層に上昇する現象による海水の流れ。
「2つ目は、海獣が、プラスチックごみと、エサ生物の両方から環境汚染物質を体内に取り入れてしまっていることです。海獣の胃から見つかるようなプラスチックごみは、光や熱の影響で環境汚染物質の一種であるダイオキシンやPCBs(ポリ塩化ビフェニル)やDDTs(かつて殺虫剤に含まれていた物質)といったPOPs(残留性有機塩素系化合物)を吸収していることが最近の研究や調査でわかってきています。
加えて、本来のエサである魚やイカから生物濃縮(※2)されたPOPsも体内に蓄積される。言わば、ダブルパンチでPOPsの影響を受けているのです。POPsの多くは動物の免疫を低下させる作用があり、感染症にかかりやすくなったり、本当は死なないような病気でも死んでしまったりします。これも世界中で論文が発表されています」。
※2 食物連鎖の過程で、より上位の生物種や個体群に、特定の物質が蓄積され、濃度を増すこと。
他には、海面にプラスチックごみが蔓延し、海獣たちの息継ぎを妨げていたり、海底に住む海底動物(カレイ、ヒラメ、カニ)の生息場所も汚染しているという。プラスチックごみは目に見えないところで海洋生態系全体にじわじわと影響をもたらしているのだ。
最後に。私たちが、海獣の解剖に協力できること
「いつどこでストランディングするかわからないので、私たちも発見の連絡をいただかないと出動できません。なので、できる限り、海獣の死を無駄にしないために必要なのは、日頃から海に近いダイバーやサーファー、ライフセーバー、ウインドサーファーの皆さまの協力です。ストランディングした海獣を発見したら、近くの水族館や博物館、警察などの公的機関にまずは連絡をしてほしいです。もちろん私が所属する国立科学博物館に直接連絡をしていただいてもいいです。私たちは、『ちょっと待ってください!ごみにする前に調査させてください!』と全国各地に駆けつけます!」。
田島氏は、可能な限り現場に足を運ぶ。地域の人と直接話し、実際の活動を見てもらいたいからだ。
「海獣の死体が貴重な存在であることを、理解してくださる方が増えれば増えるほど、粗大ごみになってしまうことを防げます。『巨大で悪臭を放つ海獣ですけど、そこからこんなにすごいことがわかるんですよ。哺乳類について、当たり前のことすらわかっていないことがこんなに沢山あるんですよ』と行動と言葉で伝えると『そんなに大事なものだったら、協力しましょう』と言ってくれる人が増えます。こういったことは経済や産業に直結するものではありませんが、同じ哺乳類の海獣を知ることで我々自身を知ることにも繋がるなど、多くの知的財産が蓄積され、それによって人の心が豊かになると考えています」。
ニュースでは、ストランディングの映像を見ることがあっても、その海獣がどのように解剖され、そこから何がわかるのかまでは、知らなかった人も多いのではないだろうか。田島氏も言うように、私たちの生活が、海の生き物に影響を与えていることを心に留め、日々の生活を少し見直すきっかけになれば幸いだ。