相手は10m超え、解剖はどのように行うのか
ストランディングする海獣の中には、人間よりもはるかに大きなクジラもいる。はたして何人がかりで、どのように解剖していくのだろう?
「2年前に福井県でストランディングした、体長18mのシロナガスクジラ、あれは参りましたね…。当初私たちの元に届いた情報は12mで、気楽に現場に向かったのですが、行って測ってみたら18m…。大人の一歩手前のサイズでした。スタッフ一同『あちゃ〜』と、声を漏らしていました(笑)。そのときは、経験豊富な方から初心者の方まで約30人で作業しました」。
「解剖は基本的に、発見された海岸で行います。本当は研究室まで持って帰って、博物館の職員にも私たちが何をやっているのか見せてあげたいのですが、残念ながら研究室まで運べないので、クレーン車などの重機を使って海岸から少し陸地にあげたところで作業します」。

その場で解剖を始めるとは、驚きだ。外で行うということは、夏など気温が高い日は、時間が経つにつれて腐敗も進んでいくのだろうか?
「腐敗は段階に応じて、カテゴリー分けされます。最も腐敗が進んでいる“高度腐敗”の状態だとしても、最終的に骨は残るので、そこからさまざまなことがわかります。たとえば、哺乳類にはなぜ肋骨があるのか、考えたことありますか?海獣は、私たちと同じ哺乳類であり、脊椎動物・恒温動物なので、人間の体の構造を知る上でも役に立つことがあります。見学しにきた子どもたちが近くにいれば、その場で青空教室もできちゃったりします。その他にも、胃の内容物から環境汚染物質やDNAも取れるので、私たちにとっては貴重なサンプルです」。
調査できる個体数が限られる海獣。どんな状態だとしても、新たな発見や学びは多い。たとえ腐敗して、骨だけになったとしても無駄にはできないのだ。
解剖を終えてからも付きまとう、強烈な臭い問題
ここまで話を伺っただけでも、この仕事内容の特殊さは想像できるが、改めて大変なことは何か伺ってみた。
「大変なことはたくさんありますが、臭い問題は深刻です(笑)。ゾンビに噛まれたらゾンビになるって言うじゃないですか。それと同じような感じで、一歩ストランディングした海獣の中に入って作業したら同じ匂いになってしまいます。作業しているときはまだしも、作業を終えて現場から、近くのホテルやお風呂に移動するまでの間、自分たちから黄色い臭気が出ているんじゃないかというくらい臭うんです。
ある日、解剖現場の取材に来ていた記者が、その現場を離れて見ていたんですね。その記者が帰り道でタクシーに乗ったら、タクシーの運転士さんが無言で窓を開けたそうです(笑)。自分がどれだけ匂うか気づいたその記者は、慌てて洋服屋さんで一式買って着替えて飛行機で帰ったそうです」。
海獣が放つ臭いが、いかに強烈なのか想像できる。「しかも、その臭いが街中に無い臭いなので余計に目立つのだと思います。でもダイバーにとっては磯の懐かしい香りかもしれません」と、冗談まじりに教えてくれた。
