電動キックボードやハイブリッドバイク、オンライン受診、IoT家電など、最新の技術を使ったプロダクトやサービスが数多く登場し始めている。事業者を始め、投資家や一般消費者も、こういった技術の発展があることは理解しているだろう。だが、こういったプロダクトはまだ社会一般に浸透したとは言い難い現状もある。

その理由のひとつは、規制の存在だ。最新技術に関する法整備が追い付いていない現状から、なかなか広範囲の事業展開がしづらい環境にあるものも多い。この現状を打破するために政府が設置しているのが「新技術等実証制度(規制のサンドボックス制度)」である。今回は、本制度が社会にどのような効果を及ぼすのか、制度を活用している事業者の事例から学ぶ。

松山大貴(まつやま・だいき)
松山大貴(まつやま・だいき)
東京国際映画祭事務局等を経て、2011年経済産業省中途入省。エネルギー政策(関連税制・予算等)、地域経済産業政策(地方創生等)に従事し、スポーツ庁創設時に出向しスポーツ産業振興を担当。帰任後、中小企業政策(下請取引対策等)、商務サービスグループ政策企画委員を経て、2021年7月より現職。規制のサンドボックス制度の運用や総合調整等を担当。

保険、金融、モビリティなど、規制の強い分野で進む取組み

新技術をより早く産業とつなげるために
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規制のサンドボックス制度は、期間や参加者を限定して実証を行い、得られたデータを用いて事業化・規制の見直しにつなげる制度だ。まずは小規模に実証を行うことで、その技術や事業の実効性を市場に問うことができる。

例えば、少額短期保険を扱うスタートアップの株式会社justInCaseは、P2P型わりかん保険に関する実証を行った。同社が考える事後払い型のP2P(Peer to Peer)保険の仕組みは、日本では前例がない。これが保険業法に反しないかどうか、金融庁が判断できるだけのデータがない状況だ。一方、中国では同様の事業が1億人の加入者を集めるなど事業化に成功している。

そこで、少額がん保険について、①加入時保険料なし、②事故があった際に事後的に加入者で分担して保険料を払い込み、③保険料には上限あり、というスキームで1年間の実証を進めた。その結果、安定的な運営が可能であることが確認され、実証後もP2P保険の販売を継続。保険種目の拡大を目指すこととなった。また同社は、認定後に新たに10億円の資金調達にも成功。P2P保険に関心を持つ大手生保ともパートナー関係を築いている。

また、モビリティ分野でも、複数の実証が行われ、法律の解釈が拡大されたり、法改正に向けて動いたりしている。例えば株式会社Luupでは、横浜国立大学常盤台キャンパス内の一部区域で、電動キックボードのシェアリング実証を実施した。実証結果を踏まえて、規制の特例措置を設けて事業を推進していく「新事業特例制度」を活用し、様々な取組みへとステップアップしているという。そして今まさに道路交通法や道路運送車両法といった関係法令の見直しに向けた議論が始まっている。

このように、規制のサンドボックス制度をきっかけに取組みが進み、エビデンスを積み上げて安全性を確かめることで、事業を軌道に乗せたり法整備につながったりする流れが生まれている。

イギリスのフィンテックからスタートした社会実装実験の仕組み

1.新技術をより早く産業とつなげるために
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規制のサンドボックス制度は2018年に生まれ、上記で述べた保険やモビリティ分野だけでなく、金融、医療、不動産など、規制が強い分野において事業を展開する際の一助になっている。これらの分野は、特に安全・安心を担保していく必要があるからこそ強い規制で守られている。一般消費者に与えるリスクや、既存他社との関係性など、社会的な影響を考慮しながら慎重に進めていく必要があるのだ。そのため社会実装までにはどうしても時間がかかってしまうという現実がある。

だが、海外ではこのような分野でもテクノロジーを用いてより早い事業展開が行われている。日本は新しい技術の導入が遅れがちだが、本制度を通して、少しでも事業者のスピード感を妨げないようにしているのだ。

規制のサンドボックス制度は、イギリスで2016年に運用開始されたのがはじまりだ。フィンテックに代表されるような、明らかにこれまでのビジネスモデルとは異なるものを社会に実装していくために、「サンドボックス=砂場」として実証できる仕組みがつくられた。

それ以降、各国でサンドボックス制度の取組みが進んできた。日本でスタートした2018年時点で、日本を含め18か国で展開されているという。

イギリスではフィンテックから始まり、その後エネルギー分野など他の領域に広がっているが、実は日本では、フィンテックから始まったわけではない。最初から「分野を問わない取組み」を掲げていたこともあり、最初に認定されたのはパナソニック株式会社の「高速PLC(電力線通信)でつながる家庭用機器に関する実証」と、株式会社MICINの「インフルエンザ罹患時のオンライン受診勧奨」に関する実証だった(2018年12月認定)。

その後、仮想通貨などのフィンテック系の実証が出ており、さらにブロックチェーン技術を用いた実証、不動産やモビリティ関連の実証が生まれるなど、分野が広がってきている。2021年6月までに認定された案件数は21。関連事業者は140に上る。2021年6月の国会審議で、制度が恒久化されたため、今後はより多くの実証計画が認定されていくだろう。

事業の成功率を高めるための実験としても活用可能

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事業者が実証実験を行いたい場合、政府の一元窓口に相談することで、計画策定から各省庁との交渉、実証プロセスまで、一貫してサポートしてくれるという。

実証を数多く行い、その成果を発信することで、その有効性が広く認知されるようになれば、さらに実証件数も増えていき、実証の分野も広がる。実際に、ある領域の案件での成果を呼び水として、同じ領域の事業者から相談を受けるケースも出てきているという。

例えばヘルスケア領域であれば、先ほど触れた「オンライン受診」というtoC寄りの実証もあれば、臨床データにブロックチェーン技術を活用するなどの研究領域も出ている。コロナ禍にある今、ワクチンの接種証明の電子化、データの管理など、政府としても対応しなければならない課題は多い。ここに、公的機関よりも早く着手しサービス化できるスタートアップ企業、あるいは大企業の新規事業部もあるはずだ。こういった動きできる限りブレーキをかけず、サポートしていくのが規制のサンドボックス制度の役割でもある。

今回話を伺った内閣官房・新しい資本主義実現本部事務局企画官、松山大貴氏は、「制度の理解を進めるための周知や広報に今後も力を入れていく」と語る。実証によってスピーディーにエビデンスやデータを集めていくことで、結果的に事業の成功率が高まることが予想される。「規制のサンドボックス制度」という名称上、「規制にぶつかる事業のみが対象」というイメージを抱く人もいるかもしれない。だが、本制度は、事業者の活動をより前進させる役割を担っている。

「よりクリアに先を見通しながら、新しい事業計画を作っていくことにも、本制度は活用できる。規制的な問題を抱える事業のみならず、広く『新事業の創出』に大きく資する取組みになる」と松山氏は言う。新事業を立ち上げようとする企業は、この制度を頭に入れておくと、事業のリスクを最低限に抑えるだけでなく、展開の幅が広がるかもしれない。

政府が本制度で見据えるのは「事業創出の苗床の醸成」だ。あらゆる場面で規制のサンドボックス制度を使って実証を行うことで、日本における事業創造の可能性は広がっていくだろう。

文・MONEY TIMES編集部

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