また、ヒトの脳細胞を試験管内で再現した脳オルガノイドを使った実験でも、同じような遺伝子発現の変化が再確認されました。これは偶然の産物ではなく、ヒトの進化の過程で積極的に選び取られた変化だった可能性を示しています。

つまり、人間は大脳皮質の特定の細胞を“進化の特急レーン”に乗せることで、言語や高度な社会性といった知性を手に入れました。しかしその代償として、ASDのリスクが高まりやすい脳の特徴を抱えることになったと考えられるのです。

ASDは人類が人類であるための副産物だった

今回の研究は、自閉スペクトラム症(ASD)を単なる「遺伝の不具合」として見るのではなく、人類が特別な脳を進化させる過程で生まれた副産物としてとらえる視点を与えてくれます。

人間は言語を使い、社会をつくり、複雑な文化を築くことができる存在です。

その力を可能にしたのは、脳の中で特別な進化を遂げた神経細胞でした。

しかしその進化は、同時にASDのリスクを高めることにもつながったのです。

ASDは不思議なことに世界中で一定の割合で存在し続けています。

それは、人間の知性を支える「もうひとつの側面」なのかもしれません。

私たちの社会にASDが広がっている理由は、人類が人類であるために欠かせない脳の進化と深く結びついていることを、この研究は教えてくれます。

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元論文

A General Principle of Neuronal Evolution Reveals a Human-Accelerated Neuron Type Potentially Underlying the High Prevalence of Autism in Humans
https://doi.org/10.1093/molbev/msaf189

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。