通常、生物にとって不利だったり不都合な遺伝子は、長い進化の歴史の中で淘汰されていくと考えられます。
しかしこの説で考えた場合、「ASDに関わる遺伝子変化の多くは実際には大きな害をもたらさず、偶然に次世代へ伝わってきただけではないか」という説明になります。つまり「致命的ではないから、遺伝子は淘汰されないので残っても不思議ではない」という論理です。
この致命的という部分は、繁殖に影響しないからと言い換えることも出来ます。
たとえば、がんのような一見致命的に見える症状も、人類の中に居座り続けています。その理由は、この症状が基本的には40歳以降の繁殖を終えた人たちに発症する症状だからだと考えることができます。いくら生物にとって不都合な特性であっても繁殖に影響しない場合はその特性が淘汰されずに居座り続けると考えられるのです。
しかし、ASDは生まれつき、あるいは幼少期から見られる症状であり、人間社会のおいて重要なコミュニケーション能力に大きく関わる症状です。これはパートナーを見つけ繁殖するという、遺伝子の継承に影響すると考えられます。
となると、これらの説明では「なぜ人間という種に、ASDのような傾向がこれほど一般的なのか」という問いに答えきれません。
そこでスタンフォード大学の研究チームは、この原因が「脳の神経細胞の進化そのものにあるのではないか」という説を考えました。
彼らはヒト、チンパンジー、マカクといった霊長類の脳を比較し、細胞ごとにどのくらい速く遺伝子の働きが変わってきたのかを調べたのです。
その結果、ほとんどの細胞では「数が多い細胞ほど変化はゆっくり、数が少ない細胞ほど変化は速い」という規則性が見えてきました。これは、生命の安定性を保つための自然な仕組みとして理解できます。
例えば脳内で、非常に数の多い細胞が急激に変わってしまうと、脳の働き全体が崩れてしまう恐れがあります。逆に数の少ないタイプの細胞は、変化が起きても影響が少ないため進化の速度が早まるのです。