しかし、実際に人の体の隅々まで詳しく調べることは簡単ではありません。
生きている人の体から全ての臓器の細胞を取り出して調べることは到底不可能であり、通常の解剖でも死後時間が経つにつれて細胞や遺伝子情報がどんどん壊れてしまい、本来の状態を正確に捉えることが難しくなります。
特に脳は「血液脳関門」という強力なバリアに守られ、外からの物質が入りにくくなっているため、HIVがどのように潜伏しているかを調べるのが特に困難な場所です。
このような状況を踏まえ、研究チームは革新的な方法を考案しました。
それが今回使われた「迅速剖検」という方法です。
コラム:「迅速剖検とは何か?」
迅速剖検とは、人が亡くなってからごく短時間(多くの場合、6時間以内)に、研究のために遺体を解剖して、様々な臓器や組織から細胞や遺伝子情報を取り出す方法です。通常、亡くなった人の細胞や遺伝子は時間が経つほど急速に壊れてしまい、本来の状態を詳しく知ることが難しくなります。しかし、迅速剖検では死後すぐに組織を取り出すことで、ほぼ生きていた時に近い状態の細胞や分子を保つことができるのです。そのため、特にがんやHIVの研究においては、病気の進行や薬剤の効果、ウイルスが体内でどのように動いているかをリアルに再現し、分析できる貴重な手法として注目されています。特にすい臓がんや前立腺がん、乳がんなど、治療が難しいタイプのがん研究においては、迅速剖検によってまだ生きている細胞を採取し、実験室での培養が広く行われており、研究を大きく前進させています。
今回の研究では、終末期(もはや回復が難しく、亡くなることが予想される段階)の病気を抱え、同時にHIVに感染している患者さんたちが協力してくれました。
この患者さんたちは、「自分たちの体を研究に役立てて欲しい」と考え、亡くなった後、速やかに全身の組織サンプルを提供しました。
研究チームは、この迅速剖検によって、HIVが治療中に体のどの組織に隠れ、治療を中断した後にどのように体内に広がっていくかを、詳しく明らかにすることを目指しました。
まだ体の細胞が生きているうちに解剖し分析する
