このような状況は単に金融政策の問題ではなく、財政規律の欠如がもたらす構造的な問題でもあり、現在のインフレは、財政・金融政策といった構造的制約に起因している可能性がある。
デフレ期においては巨額な政府債務の問題が表面化しなかったが、インフレ環境ではその脆弱性が顕在化する。インフレで税収が伸び、財政再建が進むように見える一方で、いわば「巨額な政府債務を抱える財政構造」が、日本の金融政策の自由度を奪っているのである。
なお、国内政策の影響も無視できない。政府は物価高騰への対応として、減税や給付金などの家計支援策を検討している。これらの措置は短期的に家計の可処分所得を押し上げ、購買力を維持する狙いがある。しかし、同時にマクロ経済全体の総需要を刺激し、結果としてインフレ圧力を一段と高めるリスクも孕んでいる。物価上昇下において、景気刺激策がかえってインフレを助長するという逆説的な状況が生じ得る点には注意が必要である。
インフレで税収や名目賃金も伸びているが、その恩恵がすべての国民に均等に行き渡っているわけではない。名目賃金の伸びが物価上昇に追いつかず、実質賃金が目減りし、生活が一層厳しくなっている家計も少なくない。
特に低所得層や年金生活者にとっては、食料やエネルギーといった生活必需品の価格上昇が大きな打撃となっている。このため、インフレ圧力を適切に制御しつつ、本当に困っている家計に対して的確に再分配を行うことが、政策設計上不可欠である。単なる一律給付ではなく、対象を絞った支援や社会保障制度を通じた補完が求められよう。
以上のとおり、日本のインフレ転換は単なる外生的なコストプッシュ要因にとどまらず、実質金利のマイナス化、円安圧力、そして巨額な政府債務という構造的問題が複雑に絡み合っていることがわかる。そこに、減税や給付金による物価高対策という短期的政策対応が過度に加われば、マクロ経済全体の総需要を刺激してインフレ圧力をさらに強める可能性もある。他方で、実質賃金が低下し生活が圧迫されている家計が多数存在することも直視しなければならない。