なぜ、日本のみが恒常的にマイナスの実質金利に陥っているのか。その根本的な理由は、巨額の政府債務に起因する「財政制約」である。
政府債務残高(対GDP)は既に200%を超え、先進国の中で突出した水準にある。この環境下で長期金利が自律的に上昇すれば、国債利払い費の急膨張を通じて財政の持続可能性が大きく損なわれる。結果として、金融政策は「財政従属(fiscal dominance)」の色彩を帯びざるを得ない。実際、2025年6月に超長期国債の利回りが上昇した際、日銀は国債買い入れ減額のペースを調整し、市場の急変動を抑制した。
日銀の植田総裁は政策金利のターミナルレートを1%程度と示唆している。しかし現行の政策金利は0.5%にすぎず、仮に1%まで引き上げても、インフレ率3%超では実質金利は依然マイナス(約−2%)にとどまり、抑制効果は限られる。
一方、金利をさらに引き上げれば、財政コストが増加する。国債残高1000兆円超の下で、長期金利が現在の約1.5%から約3%に上昇する程度ならまだ許容可能だろうが、5〜7%に跳ね上がれば国債の利払い費が急増し、財政運営は危機的な状況に陥りかねない(注:長期金利が7%になれば利払い費は国の一般会計予算の税収総額に近づく)。財政と金融政策の相互依存が強まるほど、日銀は物価安定よりも財政安定を優先せざるを得なくなるリスクは高まる。
インフレ率が3%程度でも、国民の物価高騰に対する不満は大きいが、最も深刻なのは、インフレ率が5%超となった場合であろう。日銀は「金利を大幅に引き上げてインフレを抑制する」か「財政への影響を考慮して事実上インフレを容認する」かの二者択一を迫られる。前者を選べば財政危機、後者を選べば円安加速と物価上昇という悪循環に陥る可能性がある。市場が後者を織り込めば、投機的円売りが加速し、為替の歴史的な変動を引き起こす危険もあるのではないか。