しかしながら、この「大戦争」は、人間の戦争に対する意識を大きく変えました。すなわち、先進国の人々は、戦争を忌み嫌うようになり、非道徳的で、非文明的なものだとみなすようになったのです。その結果、先進諸国の間では、戦争が起こらなくなったということです。
こうした「暴力衰退論」は、進化心理学者のスティーヴン・ピンカー氏(ハーバード大学)による大著『暴力の人類史』(青土社、2015年)でも示されています。
・第一次世界大戦のインパクトミューラー氏は、戦争が放棄されるようになったのは、その物質的な損害や犠牲の大きさゆえのことではないといっています。17世紀の30年戦争や19世紀のナポレオン戦争は、ヨーロッパにおぞましい破壊や殺戮をもたらしました。しかしながら、戦争は国際社会の制度として残ったのです。
戦争を時代遅れの遺物にしたきっかけは、ミューラー氏によれば、第一次世界大戦でした。欧米世界では、それ以前から戦争の不毛さや非経済性を訴える「平和運動」が行われていました。誰もが予想しなかった第一次世界大戦の長期化と消耗は、こうした平和運動が示した戦争のむなしさを例証するものと、多くの人々は受け取りました。その結果、制度としての大戦争は廃れたのです。
・例外としてのヒトラーにもかかわらず、その20年後に第二次世界大戦が勃発してしまったのは、ヨーロッパでは、誰もが「大戦」を繰り返したくないと思っていたところ、戦争のリスクを顧みないアドルフ・ヒトラーという人物が登場して、この一人の男が引き起こした結果だということです。ですから、第二次世界大戦は必然でも不可避でもなく、人々が戦争の不毛さをさらに学習する機会を与えたものと理解できます。それ以前から、大戦争は人々にとって考えられないことになっていたのです。
・「核による平和論」の否定第二次世界大戦後、世界は冷戦に突入しましたが、大戦争は起こりませんでした。この理由について、歴史学者のジョン・ギャディス氏(イェール大学)は自著『ロング・ピース』(芦書房、2002年)において、核兵器による戦争への「酔いを醒ます」強い効果を指摘しています(398ページ)。