つまり、この少数の新生ニューロンが、昼間に覚えた恐怖の記憶を睡眠中にもう一度短く「再演」し、その記憶を脳にしっかりと刻み込んでいる可能性が示されたのです。
では、この再演は本当に記憶の固定に必須なのでしょうか?
それを調べるため、研究チームは新生ニューロンの活動を人為的に止める実験を行いました。
レム睡眠の間だけ新生ニューロンの再活動を止められたマウスは、翌日、記憶のテストをすると、怖い場所に戻ったときの「フリージング(凍りつき行動)」が弱くなってしまいました。
フリージングは、マウスが恐怖を感じたときに身を守るために動きを止める行動です。
つまり、新生ニューロンの再活動が止まると、記憶がしっかり脳に残らず、翌日には薄れてしまったということになります。
興味深いことに、この新生ニューロンを止めるタイミングも重要でした。
同じ新生ニューロンでも、記憶のテスト中(つまり、昼間に記憶を思い出すとき)に止めても影響はありませんでした。
新生ニューロンは、記憶を固定する「眠っている間の作業」にのみ重要であり、「昼間に記憶を思い出す作業」には関与していなかったのです。
つまり、「記憶を固定する」と「記憶を思い出す」という二つの作業が別々に存在することが明確になりました。
さらに研究チームは、記憶の整理に関係する細胞の年齢や種類についても調べました。
新生ニューロンは若い細胞ですが、生まれてから10週間経った成熟した新生ニューロンや、生まれつき脳に存在している顆粒細胞(GN)と呼ばれる別の種類の細胞を止めても記憶には影響がありませんでした。
つまり、記憶の固定に必要なのは、「若い」新生ニューロンだけであることが示されたのです。
そして最後に、研究チームは新生ニューロンが活動する「タイミング」にも着目しました。
海馬では、レム睡眠の間に「シータ波」というリズムのある脳波が流れています。
研究チームはこのシータ波の波形を4つの段階(位相)に分け、どのタイミングで新生ニューロンが活動しているのかを詳しく調べました。