慢性痛の怖さは、「単に痛い」というだけではありません。

例えば腰や肩が何年もズキズキ痛む、しびれや焼けつくような感覚が消えない――そうした痛みが続くと、人はだんだんと仕事や学校、趣味や友人関係にも前向きになれなくなってしまいます。

眠れなくなったり、気分が沈んだりと、体だけでなく心の健康までむしばむこともあります。

なぜ、こうした慢性痛が起こるのでしょうか。

実は、慢性痛の正体は「体の異常」だけでは説明できないことが、ここ数十年の研究で明らかになってきました。

一見すると体の傷はもう治っているのに、「脳」がまるで幽霊のように痛み信号を出し続けてしまうのです。

このとき脳の中では、痛みを感じる神経回路(ネットワーク)が必要以上に敏感になり、わずかな刺激でも痛みを増幅したり、「本来は痛みでない信号」を痛みと誤認してしまったりします。

たとえば、火事が起きて消化作業も終わったはずなのに、火災報知器だけがずっと鳴り続けている――慢性痛はそんなイメージに近いと言えるでしょう。

また、強い痛みの経験や長期化した痛みは、脳内の「痛みの記憶」や「感情」とも深く結びつき、痛みの悪循環(痛みによるストレス→さらに痛みが強まる→またストレス…)を引き起こします。

こうした背景から、最近の医学や脳科学では「痛み=体の問題」だけでなく、「痛み=脳の問題(脳のネットワーク異常)」という新しい捉え方が主流になりつつあります。

従来の痛み止めやリハビリだけでは治りきらなかった慢性痛の患者さんたちが、脳そのものを治療対象とする新しい医療に希望を抱くようになったのも、この流れを反映しています。

その最前線にあるのが「脳深部刺激療法(DBS)」です。

DBSは、脳の深い部分に細い電極を入れてごく弱い電気を流すことで、脳の異常な活動をやさしくリセットする治療法です。

もともとパーキンソン病やジストニア、うつ病などの難治性神経疾患で成果を上げてきましたが、最近では慢性痛の分野でも急速に注目度が高まっています。