つまり珪華は植物を単に取り込むだけでなく、細胞レベルで植物の形をそのまま「石のアルバム」のように保存していたのです。
さらに植物だけでなく、小さな昆虫の体の一部や微生物までが珪華に取り込まれていることも今回確認されました。
このことから、中房温泉で作られた珪華は、周囲の森林に暮らす多様な生き物たちをそのまま閉じ込め、丸ごとパッケージ化した「天然の保存容器」のような役割を果たしていることが明確になりました。
また、研究チームは中房温泉の珪華がなぜこうした豊かな生物を保存できるのか、その環境条件にも着目しました。
調査エリアでは、斜面の上の方から多数の小さな湧き水がしみ出し、それらが細い流れとなって森の中を下っていきます。
湧出口付近ではお湯の温度が80℃以上と非常に高いため、この場所で形成された珪華には、主に熱に強い微生物の痕跡が多く残されていました。
しかし、熱水が斜面を下るにつれて徐々に温度が下がり始め、中流から下流に進むと水温が低下します。
するとそこには耐熱性の微生物だけでなく、コケ植物や森林の落ち葉、小枝など、多様な植物がシリカの沈殿によって次々に取り込まれていくようになりました。
つまり、熱水が流れる間に少しずつ温度が変化していくことによって、珪華が生き物を取り込む範囲や種類も変化していたのです。
とくに重要だったのは、熱水の流れの「縁(ふち)」の部分で珪華が特に厚く成長する一方で、水が常に流れている川底ではほとんど珪華が形成されなかったことです。
また、日当たりの良い南向きの斜面では太陽光で水がよく蒸発し、その結果シリカがより多く析出して珪華の成長がさらに活発になっていました。
このように、中房温泉の環境では、熱水の温度差や太陽光による蒸発といったさまざまな条件が絶妙に組み合わさって、植物や微生物を閉じ込めた珪華が形成されていることがはっきりと分かりました。
これらの結果は、海外の大規模な温泉地とは異なり、日本のような小規模な温泉環境だからこそ実現できる、多様な生物を化石として保存する新たなシステムを示した非常に重要な発見だと言えます。
見慣れた温泉が“生態系の博物館”に
