デュアン・ミッチェル医学博士
ただし、ここで一つ注意しなくてはいけない点があります。
今回の研究は、まだ人間に対して行われたものではありません。
現時点ではマウスや犬といった動物を使った前臨床試験の段階であり、これから人間での臨床試験が始まることになります。
このため、この方法が実際に人間の患者さんで効果を発揮するかどうかについては、まだはっきりとは分からない状況なのです。
特に、がん治療に使われる新しいワクチンや薬は、動物では効果があっても人間では思ったほど効果がないということもよくあります。
この点は今後の研究の進展を注意深く見守る必要があるでしょう。
しかし、今回の研究が注目されるもう一つの理由があります。
研究チームは、体の免疫を活性化させるための『非常ベル』として、ヒトのCMVというウイルスが持つ「pp65」というタンパク質をuRNAを使って体内で作らせました。
すると、マウスの体は実際には感染していないのにウイルスに感染したと錯覚し、強い免疫反応を起こしました。
そしてこの免疫反応によって、がん細胞への攻撃力も高まることが確認されました。
またこの効果は単に一度だけがん細胞を倒すというだけではなく、再び同じがん細胞が現れた時にも対応できるという記憶力を持つことも分かりました。
このように、一度免疫ががんを見つけて攻撃すると、その攻撃対象が次第に広がっていく現象を「エピトープ・スプレッディング」と呼びます。
つまり、最初は特定のがん細胞だけを狙っていなくても、一度免疫を強く動かせば結果として様々ながん細胞に対する攻撃力が育っていくのです。
今回の研究が示したのは、こうした方法で免疫を刺激し続けることによって、「がん」を『見えない敵』から『見える敵』に変え、体自身が備えている免疫の力を最大限に活用するという新しい考え方です。
これは、将来的にさまざまな種類のがんに対応できる可能性を秘めており、今後のがん免疫療法の発展にとって大きな前進となることでしょう。