なぜそのようなことをしたのでしょうか?
実は、人間の免疫細胞には「RNAの形を見分けるセンサー」が備わっており、加工されていないuRNAが体に入ってくると、このセンサーが「これは危険なRNAウイルスかもしれない!」と強く反応します。
その結果、免疫細胞は緊急事態を知らせる信号物質を放出します。
この物質こそが、今回の研究で重要な役割を果たす「I型インターフェロン(IFN-I)」です。
IFN-Iは、いわば体内で緊急事態を知らせる非常ベルのような存在で、ウイルスが侵入した時に免疫細胞を一斉に呼び集める役割を持っています。
研究チームはこのIFN-Iをうまく利用して、がん細胞に対する免疫の攻撃力を引き上げようとしたのです。
通常、免疫細胞はがん細胞が異物だと気づきにくいのですが、IFN-Iという非常ベルが鳴ると「体内に緊急事態が起きている!」と気づき、がん細胞が潜む現場にも集まりやすくなります。
しかし、がん細胞も簡単に倒されるわけではありません。
がん細胞の中には、免疫細胞に対してブレーキをかけることで攻撃から逃れているものがあります。
そのブレーキの正体が「PD-1/PD-L1」と呼ばれる分子です。
そこで研究チームは、すでに医療現場で使われている「免疫チェックポイント阻害薬」という薬を同時に使いました。
この薬は、がん細胞が持つブレーキ分子(PD-1/PD-L1)の働きを妨げ、免疫細胞が自由に攻撃できる状態を作ります。
つまり今回の研究は、mRNAワクチンで体内の非常ベルを鳴らして免疫細胞を一気に集め、その上でチェックポイント阻害薬によってブレーキを解除する、いわば「アクセルとブレーキ解除の二段構え」で免疫を強力に働かせる作戦だったのです。
この戦略により、免疫細胞ががん細胞を見つけやすくなる効果も確認されました。
具体的には、IFN-Iが放出されることでがん細胞の表面に「MHC-I」や「PD-L1」といった目印分子が増え、それを手がかりに免疫細胞がより正確にがん細胞を見つけ出せるようになることがわかったのです。