例えて言うなら、今までは「敵(がん細胞)の顔写真を探してそれを警察(免疫)に渡して追わせていた」方法だったのを、「写真がなくても、とにかく警察自体を強く目覚めさせて、犯人を見つけ出させる」方法に変えたわけです。

サイア博士は、特定のがんの目印に依存しない一般的なmRNAでも免疫の反応を強く引き起こせる可能性があり、それによってがんを攻撃する力を高めることができると考えました。

こうして生まれた今回の方法は、がんワクチン研究において、これまでの二つの方法とは全く異なる『第三の新しい道』として注目されています。

“敵の顔”より“非常ベル”を優先するワクチン

“敵の顔”より“非常ベル”を優先するワクチン
“敵の顔”より“非常ベル”を優先するワクチン / Credit:Canva

第三の道を行く新しいワクチンはどんな仕組みで働くのでしょうか?

ここでは順を追って丁寧に説明していきましょう。

まず、この研究のカギとなった「mRNAワクチン」の仕組みから理解する必要があります。

mRNAワクチンとは、簡単に言うと「体の細胞に特定のタンパク質を作らせるための設計図を送り込むワクチン」です。

人間の細胞は通常、DNAに書かれた情報をmRNA(メッセンジャーRNA)という物質に書き写し、それを元にタンパク質を作っています。

この仕組みを利用して、外からmRNAを体内に入れれば、人為的に狙ったタンパク質を作らせることができるのです。

実際にこの技術は、新型コロナウイルスのワクチンとして世界中で使われ、パンデミックの克服に大きく貢献しました。

ただ新型コロナワクチンの場合、mRNAがあまりに強く免疫に反応すると体に負担がかかるため、「化学的に加工したmRNA(modRNA)」を使って過剰な反応を防いでいました。

ところが今回の研究チームは、あえてこの加工をせず、自然の形に近い「非改変型mRNA(uRNA)」というタイプのmRNAを使うことを考えました。