ここで留意が必要なのは、祖国に訴える論証でマニピュレーターが明示的に問うのは愛国心の有無であり、ナショナリズムの有無を問うことは殆どないということです。これは、先述したように、一般に愛国心は肯定的に捉えられ、ナショナリズムは否定的に捉えられているからです。
実際、ナチスドイツ・ソヴィエト連邦・中国共産党などによる大衆操作の【プロパガンダ propaganda】は、ナショナリズムを愛国心と混同させた上で、愛国心を高らかに叫ぶことによって、祖国に訴える論証を展開するものでした。
ちなみに、日本の場合、戦前戦中の軍国主義の反動から、愛国心とナショナリズムを同一視し、否定的に捉える戦後教育が行われました。しかしながら、愛国心は個人がもつ自由な愛着の感情であり、教育によって否定されるものではありません。この間違った戦後教育に対する【反発心 psychological reactance】が逆に偏狭なナショナリズムを生み、【ヘイト・スピーチ hate speech】などの形で現出しています。
しばしば祖国に訴える論証は、自分と異なる主張を認めない専制政治家によって利用されています。特に「非国民」「国賊」「売国奴」「スパイ」などといった論敵に対する誹謗によるレッテル貼りは、自国民の暴力性を引き出し、現実空間のテロやサイバー空間のネットリンチを誘発しています。
また、ナショナリズムも、個人がもつ自由な忠誠の感情である限りにおいては、教育によって否定されるものではありません。ただし、忠誠を他者に強要するのは人権侵害です。忠誠は、安全基地としての国家への貢献を自発的に望む結果として生じるのが健全な姿です。
国家への義務的な忠誠心を【忠誠義務 allegiance】といいます。米国の公立学校で生徒が毎朝唱える「忠誠の誓い pledge of allegiance」はその典型です。
Pledge of allegiance: I pledge allegiance to the flag of the United States of America and to the Republic for which it stands. One nation under God, indivisible, with Liberty and Justice for all. 忠誠の誓い:私は合衆国国旗とそれが象徴する共和国に忠誠を誓います。万民のための自由と正義をもつ、不可分な、神の下にある一つの国家に。