が、ここで使われている4つの「不起訴」の意味がすべて同じかといえば、そうではない。最初の「不起訴処分」は「起訴しないとの処分」のことであり、次の「不起訴不当」と「再度不起訴」と「不起訴」は「起訴猶予」のことだ。そして「不起訴」と「起訴猶予」とでは、それこそ「月と鼈ほどの違い」がある。

ある法律事務所のサイトは要旨以下のように解説している。

起訴猶予は、容疑者が罪を犯したことは明らかだが、起訴して裁判を受けさせるまでの必要はないと検察官が判断した場合に、不起訴処分とすることをいう。起訴猶予の他に「嫌疑なし」や「嫌疑不十分」などとして不起訴となることもあり、これらは、罪を犯した疑いがない(犯罪を証明できない)から不起訴となるもので、罪を犯したことが明らかだけれども不起訴となる「起訴猶予」とは異なる。

「不記載問題」の焦点は、左派メディアや左派野党がレッテル貼りする「裏金議員」らが「罪を犯したのか否か」にあるのだから、「罪を犯したが起訴を猶予された者(起訴猶予)」と「罪を犯した疑いがない(犯罪を証明できない)から不起訴になった者」との間には「月と鼈ほどの違い」が存在するのである。

換言すれば、「不記載」は政治資金規正法違反だが、それは道路交通法違反の「駐車違反」と同様、「保護法益の侵害・危殆化といった実質を問わず、行為規制への形式的な違反をもって構成要件に該当する犯罪類型である」ところの「形式犯」であるので、報告書の修正は要するものの起訴して裁判を受けさせるまでの必要がない、即ち「起訴猶予」に相当するという訳である。

ではなぜ、これまで2度「起訴猶予」になっていた牛久保秘書が、今般「略式起訴」されたかといえば、それは冒頭に掲げた『朝日』の見出しにある「国民の声」なのだそうだ。『朝日』はこう書いている。

不起訴の判断を一転させた検察が重視したのは、「国民の声」だった。ただ、公開の裁判を求める正式起訴ではないため、詳しい経緯や動機は法廷で明らかにならない。萩生田氏も説明責任を果たす姿勢は見られない。