今回の研究は「法律は文化によって大きく異なる」という従来の考え方に対し、人間が共通してもつ直感も法律に影響している可能性を強く示しました。

飲酒の可否や食習慣、婚姻のルールなど多くの道徳や法律は文化圏によって異なります。

しかし殺人や放火、窃盗のように時代や地域を超えて共通する「普遍的な禁忌」も存在します。

研究者たちは約1400年を隔てた古代と現代、異なる大陸の文化圏を比較し、体の損傷に関するルールにもよく似たパターンがあることを示しました。

この発見は「人間の共通した直感が法律を作る際に重要な役割を果たしているかもしれない」という仮説を強く後押しします(ただし別の説明も排除されていません)。

さらに研究チームは、人類に共通する体の価値観が法の根底にあると指摘し、脳には体の部位の価値を判断する共通の「物差し」が存在する可能性にも触れました。

極端な例ですが、もし人類が新しい社会をゼロから築くとしても、この共通した直感が制度設計に何らかの形で関わるかもしれません。

【コラム】脳のどこがパーツの価値を決めているのか?

私たちは自然に、「腕を失うことは指を1本失うことよりずっと重大だ」と感じます。これは直感的に当たり前のことのように思えますが、脳科学の視点から見ると非常に興味深い現象です。私たちの脳は、さまざまな情報を処理して判断を下しますが、「体のどの部位がどれだけ重要か」という判断をどのように行っているのでしょうか?実は近年の脳科学の研究では、私たちが物の価値を決めたり、比較したりする時に、脳の中で「共通の物差し(コモン・カレンシー)」と呼ばれる仕組みを使っていることが分かっています。これは、まるで脳の中に1つの「通貨」のような共通単位があり、それを基準として物事の価値を比較しているという考え方です。この共通の物差しとして働いている場所が、脳の前頭前野内側部(ぜんとうぜんや・ないそくぶ:vmPFC)という部分であると考えられています。前頭前野は、私たちが複雑な判断や決定をするときに活発に働く脳の中心的な領域です。特にvmPFCは「価値判断」を司る中心的な場所として知られており、お金や食べ物、人間関係など、さまざまな種類の価値を1つの「尺度」に変換して比較できるようにしていることが、これまでの研究で示されています。「それじゃあ体のパーツの重要度も同じ仕組みで判断されてるの?」と考えるのは自然です。そしてその可能性は十分にあります。さらに、体性感覚野(たいせいかんかくや)という脳の場所も関係していそうです。ここは体の感覚や動きを受け取るところで、たとえば指先のように細かく感じる場所は、脳の中でも広いエリアが割り当てられています。これは痛みや触覚を敏感に感じ取るためですが、部位によって割り当て面積が違うということは、その部位が「重要」というサインにもなるかもしれません。つまり、私たちが「腕や目は大事」「指より手のほうが重大」という直感は、脳の中で「価値を共通尺度で比べるしくみ(vmPFC)」と「どれだけ細かい感覚が集まっているか(体性感覚野)」という両方のメカニズムが仲良く働いて生まれているのかもしれないのです。